近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 セフィロス
 

 

 

「……戻った」

 夜十時過ぎに、オレは帰宅した。

 なじみのクラブに行って、この時間に戻ってくることはほとんどない。支配人の部屋に泊まることも多いし、仮に帰るにしても深夜だ。

「あっれェ、めずらしい時間にお帰りだねェ、セフィロス」

 相変わらず口の悪いイロケムシだ。ヴィンセントは何故か嬉しそうに、いそいそと茶の準備をしてくれた。

「……クラウドは?」

 ソファに腰を下ろし、なにげなく訊ねる。ガキ共は寝付く時間だが、この時間、クラウドは大抵起きて居間でウダウダしているのだ。

「ああ、今日はもう寝かせた。……すでに熱もないし、食欲もあるが、大事をとって……」

「そうか」

 顔も上げずに頷き返したオレに、ヴィンセントの心許なげな声が重なる。

「セフィロス…… 君のほうはどうなんだ? 体調は?」

「あ? オレはなんともない。いつもと変わらんだろ」

「……なにか気がかりなことがあるのではないのか?」

 相変わらず他人のことには、無駄に鋭敏なヴィンセント。もともとウソを吐くのは得意ではなかったが、こういう奴相手だと、よけいにやりにくい。

「……別に。アホジェネシスとしゃべってきたから、ちょっと疲れてるだけだろ」

「へぇ、めずらしいね。ジェネシスとツーショットで飲み会なんて」

 そう茶々を入れてきたのはヤズーだった。

「フン……まぁ、たまにはな」

「ここのところ、ジェネシス、来てないよねェ。久しぶりに会いたいなぁ」

「おまえらが誘えば、ひょいひょいやって来るだろうよ。……じゃあな、オレはもう寝る」

 何か言いたげなヴィンセントを横目に、オレはさっさと立ち上がると部屋へと戻った。

 ジェネシスと話をしたことで、多少気が楽になった部分はあった。だが、今回の騒動でのヘマは、オレにこれまで避けていた現実を、直視させるに十分だった。

 一度は死に至ったこの肉体……それの限界や劣化については、考えないようにしていただけだ。

 以前、流行感冒で体調を崩したとき、オレはすぐに細胞劣化が始まったのだと早合点した。結果は承知のとおり、インフルエンザだったわけだ。

 だが、オレの心の片隅には、常にこのときの気持ち……

『いつか、この肉体が機能しなくなるのではなかろうか』

 そういった不安がくすぶっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 乱暴に自室のドアを開け放ち、バスルームに飛び込んだ。

 冷水のシャワーで、すべてのマイナス思考が流されると思っては居ないが、少なくとも、今よりは気分が晴れるだろう。

 そんな期待をしつつ、オレは頭から勢いよく水をぶっかけた。

 肌を打つ冷水が痛い……この肉体はまだ痛みも感じるし、こうして冷たい水に浸せば寒くも感じる。

 ジェネシスに言われたとおり、一度や二度、危機に陥ったという理由だけで、個体としての劣化まで考えてしまうのは、やはり神経質なのだろうか。

 最後に、真逆の熱い湯を被ると、オレは風呂場を後にした。

 

「あらら、セフィロス。カラスの行水?」

 部屋に戻ると、いかにもリラックスした態度で、ソファに座っている男が居た。

 最近、楽でハマッているらしい、ワンピース型の夜着を身につけると、どう見ても性別間違いにしか見えない野郎……ヤズーだ。

「……? なんだ、おまえ」

「冷たいなぁ。せっかく部屋に遊びに来てあげたのに」

「うぜーんだよ。もう寝るんだから、さっさと出て行け」

 オレは湿ったバスタオルを椅子に投げ出した。

「まぁまぁ、そんなつれないこと言わないでよ」

 そう言いながら、冷えたビールを差し出すヤズー。このあたりのタイミング良さは、ほとんど神がかっている。

 気配りなら、まずヴィンセントと思うだろうが、あいつはとことんリズムがずれるし、気遣いが過ぎて、かえって疲れることもあるのだ。

「ハイ、飲むでしょ、セフィロス。あなたは、この銘柄が一番気に入りだったよね」

「……もらう」

 バスローブのまま、ヤズーのとなりに腰を下ろす。まだほてりの治まらない身体に、ビールの冷たさがスーッと染みいるようだ。

 イロケムシもオレの傍らに腰を下ろした。

 三兄弟の中でも、一番機微に長けたこの男……他のふたりに比べれば、オレにとっても付き合いやすいこいつなのだが、思えばこんなふうに、ふたりきりで肩を並べて酒を飲む機会などなかったことに気づいた。