ファンタスティック・ピンクの夢
<6>〜<最終回>
 
 
 
 

 

...............こ、公瑾殿.....もう少し.....緩めていただけませんか.....

 孔明は細い腕を周瑜の胸に突っ張らせる。

「苦し..........

 いやいやというように、長い黒髪がのたうった。

「なんと.....うすい肌だ.....これでよく、戦場に出られるな」

 本気で言っているのだろう。周瑜の言葉は吐息交じりに低く響いた。

「私は剣を持って、斬り込んでいくわけではありませんからね.....ああっ.....

 細い喉が悲鳴に合わせて、ぐぐっと持ち上げられ、荒い息を吐きだす。

 長い指が急所に絡まり、追い立てるようにしごかれた。腰に火がついたように高ぶってくる。

 

「ああ、公瑾殿.....公瑾殿.....

 更紗の敷布を掴み締め、細い身体を苦しげによじる。紅く染まった唇から、おのれの名が呼ばれるのを、不可思議な感慨の元に周瑜は聞いた。

「あ.....公瑾.....どの.....もっと.....

 長い足が周瑜の背に絡められ、先を促すように押し付けられる。口づければ、たやすく印のつく薄い肌。それが面白くて、やわらかな部分にずいぶんと口づけていた。

 さすがに焦れてきたのだろう。

 切なげに周瑜を呼ぶ声も、濡れてかすれていた。男同士だ。どうすれば心地よいのか、周瑜にはわかる。妻を持つ身ゆえ、男と交渉を持つ機会は、ほとんどありえなかった。それでも、今、その身に白銀の臥龍を抱いているという事実は、目のくらむような愉悦をもたらしてくれた。

「あっ.....ああ.....公瑾どの.....

 涙交じりの震える声に、いきりたった部分をくわえ込む。さすがに指の刺激だけで吐きださせるのは、かわいそうに思ったのかもしれない。

「んっ.....あっ.....ああっ.....ああっ!」

 断続的な悲鳴があがる。びくびくと打ち上げられた魚のように、裸身を震わせると、銀の龍は一気にのぼりつめ、そして落ちた。

「あ.....はぁはぁ.....

 骨張った華奢な肩が、激しく上下している。本当に体力がないのだろう。上気させた頬を隠すこともなく、寝台の上に横たわって、快楽の余韻を追う孔明に、周瑜は微笑んだ。

.....なにを.....笑われる.....

 苦しげな息の中から、いまだ甘くかすれた声が、とがめるような調子を含む。

「いや、そなたがあまりに愛らしいゆえ.....見蕩れていた.....

「埒もないことを.....

「本当のことだ.....劉備殿ももったいないことをされる.....

 劉備の名を出した途端、孔明の双眸が一瞬、かちりと凍りついた。だが、それはすぐに自嘲にとって代えられた。

「くっ.....ふ、ふふ.....我が殿は、私や貴方のような悪癖はお持ちでないのですよ.....困ってしまうほどに、真正直で高潔で.....清らかな愛しい御方.....

「告げたことはないのか?」

「なにを.....? 私が殿をお慕い申し上げているということですか? そのようなこと、とうにご存知でしょうよ、玄徳様は」

 くすくすと孔明が笑う。だが、その笑みはひどく苦しそうで.....

「ならば.....

 周瑜はなおも言い募る。「ならば.....思いは通じているのではないか.....」と.....

「ええ、私が殿をとても大切に思っているということ.....実の兄よりも誰よりも、愛しく思っていること.....それはもう、ようご存知のはずです.....

.....孔明.....

「殿は、とてもわたくしを大事にしてくださいます.....ええ、ええ、もったいないほどに.....

「泣くな、孔明.....

.....公瑾殿.....

 切れ長の黒水晶の瞳が細められる。慰めるように温めるように、周瑜は紅い唇に口づけた。

.....泣くな.....孔明.....

.....泣いてなどおりませんよ.....

「泣くなら、声を出して泣け」

「公瑾殿.....

 周瑜は、男性にしては白すぎる脚に手をかける。筋張った硬い肌が、横臥した人物を女性以外の生物だと告げているようだ。

 淡雪のごとく透ける肌。

 誘われて吸い付くと、細い喉が笛のようにひゅうと鳴った。

「あっ.....あっ.....公瑾.....公瑾ど..........

.....たやすく痕がつく」

「ん..........

「今少し、脚を開け.....そなたを傷つけたくはない」

「あっ..........!」

 おのれの喉を突いて飛び出した、艶めかしい悲鳴に自ら驚愕したようだ。あたふたと喉に手を当て、片手で口をふさぐ。そのあからさま行動を、愛らしいと感じたのか、周瑜が微笑んだ。

 白銀の龍が、嬌声をあげたのは、身体のもっとも奥まった部分に、ぬめりと入り込んできたものがあったからだ。

 たっぷりと香油に浸したのだろう。周瑜の長い指は、苦もなく狭い入り口への侵入を果たした。

「あっ.....ああっ.....いっ.....こ、公瑾殿.....もぅ!」

 割り開かれた両の脚がガクガクと揺れる。涙まじりの哀願は、ひどく周瑜を高ぶらせた。

「あっ.....あっ.....あっ.....

 ぎりぎりと敷布を引き絞る。長い黒髪が、生きた蛇のようにうねり、汗に濡れた首に、背にはりついた。白磁の肌に濡れ羽色の髪.....やや、上気した頬が、この怜悧な軍師の面ざしを、普段よりほんの少し幼く見せた。

「あぅっ.....あっ.....あっ.....ダメです.....公瑾どの.....で、出てしまうっ.....

 内で二本の指が、ぐるりと円を描いた。骨張った関節が内壁を刺激する。

「あっ.....ああ.....ぃあああっ!」

 びくびくと半身を反らせ、彼は二度目の絶頂を迎えた。

 

「あ.....ああ.....はぁ.....はぁ.....

「悦かったか.....? まだ、尽きぬようだが.....

 と、周瑜がからかうように微笑った。白い額にはりついた前髪を、そっと撫でつけてやる。

「はぁ.....はぁ.....なぜ.....

「ん.....?」

「あ.....はぁはぁ.....なぜ.....わたしばかり.....公瑾どの.....

 絶え絶えな吐息の中から、熱にうかされたように孔明がつぶやいた。

 知らずのうちに、涙を流していたのだろう。長い睫毛に絡みついた水滴は、水の粒になって、するりと敷布にこぼれ落ちた。

「そなたを慰めたいと思ったからだ.....たまには人に甘えることも必要だぞ」

.....公瑾」

「今、こうしていても、そなたの心は劉備殿のもとにある。それゆえ、そなたは玄徳殿を裏切ったことにはならぬ」

.....お優しい方だ.....貴方は.....

「誰に対してでもというわけではないのだがな」

 

.....公瑾殿.....おいでください.....

 雪で象られた両の腕を広げ、孔明は周瑜を促した。

 指と指とをからませる。閉じ合わされた双眸に、やわらかな接吻をひとつ落とすと、周瑜はふたたび、孔明を組み敷いた。

 はぁ.....と深いため息が、色の薄い口唇から吐きだされる。

 ひざ裏に、周瑜の二の腕があてがわられ、ぐいと引き上げられる。

「あっ.....

 さすがに恥ずかしかったのだろう。耳朶まで朱に染めた孔明が、あわてて身を起こした。だが周瑜はそれを許さない。

「おとなしく.....していよ」

 そうささやくと、抱え上げた脚を大きく割り、その内に身を割り込ませた.....

 

.....あっ.....公瑾どの.....

「孔明.....

 

 切れ長の双眸が静かに閉じ合わされる。孔明は言われるがままに眼をつむったのだった.....

 が! その時である!

 

 ダンダンダン!

「なっ.....なんだっ?」

 ダンダンダン! ダンダンダン!

 ものすごい勢いで扉が叩かれる。

 ダンダンダン!

「軍師殿ーっ! 軍師殿っ!」

 おたけぶ声は、趙雲子龍のものに相違なかった。

「な、なんなのでしょう.....

「返事をしなければ、もう就寝したと思われるだろう。気にするな」

 と口早に周瑜は言った。無理もない。この状況で寸止めされてはたまったものではない。

「軍師どの〜っ! 孔明どの〜っ!」

 だが、叫び声はしだいに大きくなるだけで、いっこうにあきらめて立ち去ってくれる様子はなかった。

「ちっ.....しつこいな」

 思わず舌打ちする周瑜である。

「軍師殿! 軍師殿っ! と、殿がっ! 殿がぁ〜〜っ!」

 その言葉にはじかれたように、身を起こす孔明。もはやその双眸に熱にうかされた余韻はまるきりない。

「げ、玄徳様になにかっ! どいてください、公瑾殿っ!」

 組み伏せてきた美丈夫を力まかせに押し返す。

「うわっ!」

「退けと言ってるんです! 殿に.....殿になにか.....

 ぐんと腕をつっぱって、寝台から身をすべらそうと試みる。だが、それをとめたのは、

「ぐわっ!」

 という、踏みつぶされたカエルのごとき周瑜の悲鳴であった。

 

「ぬ.....ぬけない.....

 と、呉の美周郎はうめいた。おのれの分身を埋め込んだままの状態である。この醜態を目の当たりにすれば、全国一千万の周瑜ファンのお嬢さん方もそっぽを向くこと請け合いである。

「ちょっ.....はやく退きなさい! 殿の身に.....

「ぎゃあっ! 動くな、孔明! ち、ちぎれる.....

「あんたのこれと玄徳様のどちらが大切なのですっ!」

 .....叫んでいる孔明も、すでに平常心を失っていた。

「こ、孔明.....たのむから.....

「力を抜きなさい!」

「逆だろう! おまえが力を抜かなければ抜けないんだっ!」

「ああ、もう、なんのことやらわかりません! 殿っ! 殿ーっ!」

「うわぁっ!」

 ひときわ、大きな声を出したせいであろうか。運よく周瑜は、するりと解放され、寝台の端にはじき飛ばされた。

 

「軍師殿っ!」

 孔明が鍵をあけると、趙雲子龍が、扉を蹴破る勢いで、津波のごとく飛び込んできた。それにつかみかかる孔明。

「子龍殿っ!」

「ぐ、軍師殿〜、と、殿が.....殿が.....

「子龍殿っ! 殿が.....殿がどうされたというのですかっ?」

「殿が.....殿が倒れてしまわれたのですぅ〜」

 年若い将軍は、半泣きでおろおろと言った。

「た、倒れたっ? いったい、どうされたと.....

「軍師殿〜、えっえっえっ」

「泣いてもしかたがないでしょうっ! さぁ、案内なさい、子龍殿っ!」

 年下だが、ほんの少し目線の高い後輩の腕を、ぐんとひっぱると、諸葛亮は、まさに疾風のごとく私室を後にしたのである。

「殿っ.....殿〜〜っ!」

 すでに徒競走の順位は逆転していた。

 広間に向かって先頭を切っているのは、軍師孔明である。

「殿っ! 殿〜〜〜っ!」

 バン!

 力任せにたたきつけた扉はものすごい音がした。

「お、軍師殿だ」

「おい、子龍、おまえ、わざわざ軍師殿を呼びに行ったのか?」

 のんびりとした、どこか面白そうな声は、関羽と張飛であった。

「雲長殿っ! 翼徳殿っ! 殿は、殿はっ?」

 掴み掛かりそうないきおいで孔明は叫んだ。血相を変えたその有り様を見て、少し気の毒そうに、関羽が言った。張飛はまだ薄笑いを浮かべている。

「ああ、軍師殿、ご心配めさるな。殿はたいしたことないのだ。例によって、子龍の早とちり.....

「と、殿はっ? 殿は.....

 どうやら、耳に入っていないらしい。見慣れた君主劉備の姿を捜して、きょろきょろとあたりを見回す。どうやら、孔明自身はおのれのいでだちの乱れにはとんと気づいていないらしい。

 飛び出してきたときの状況が状況だったのだ。

 長い黒髪は背に広がり、申し訳程度に、組み紐で括っている。冠も大慌ててかぶってきたという感じだ。もちろん服装も先ほどまでの礼服ではなく、室内着である。

「雲長殿! 殿はどこなのですっ?」

「ああ、こっちだよ、軍師殿」

 張飛翼徳が、手招きした。孔明の取り乱すところなど、まず日常生活においては目にすることなどできはしない。それゆえか、どうやらこの状況を楽しんでいるようなのだ。

「翼徳殿!」

 どうやら、長椅子に横になっているらしい。孔明は裾をからげて、寝椅子に走り寄った。

「殿..........

 劉備はそこに横たわっていた。

 だが、大事ないのは一目で孔明にもわかった。

「いやぁ、兄貴ったら、調子にのって飲みすぎてさぁ〜〜。いい年こいて情けねぇぞ、玄徳の兄貴!」

 張飛が豪快に笑った。

「ほ、本当に、大事ないのでしょうか、翼徳殿.....

 子龍はまだ不安そうである。張飛の大声に、劉備は頭を押さえてうめいた。

「あいたた.....大声を出すな、翼徳。頭が痛いのに.....

「お、兄者、気づかれましたか! ささ、冷たい水を汲んできましたぞ!」

 気を利かせて女官に水を運ばせたらしい。関羽は大きめの器に並々と水を汲んできた。

「ああ、雲長殿、それがしが!」

 子龍が受け取って、枕元の卓子に置いた。

「殿.....おかげんは.....?」

 孔明は静かな声でゆっくりと訊ねた。

「ん.....あ、ああ、孔明か.....すまぬ、休んでいたところを.....

「殿.....わたくしのことはよいのです.....ご気分はどうですか?」

「う.....ん、年がいもなく、勧められるままに杯を重ねてしまった.....ふがいない.....

「殿.....

「ったく、玄徳の兄貴、孫氏の手前でええかっこしぃはいけねぇぜ」

 情緒のかけらも解さない張飛翼徳が言った。

「孫氏.....?」

 孔明の色素のうすい双眸がすっと細められた。音に表すと「キラーン」といった感じか。

「あ、ああ、孔明、だいじょうぶ、なんでもないのだ.....そ、孫氏は悪くないのだぞ?」

 あわてて呉の幼い姫君をかばう劉備。怒った孔明はなにをしでかすかわからない。

「ええ、ええ、殿はおやさしい方でございますからねぇ。この孔明、重々承知しております」

「こ、孔明〜」

「ぐ、軍師殿.....

「め、目が笑ってねぇぜ、雲長の兄貴.....

 

.....けっこう。本日の酒宴はこれまでにいたしましょう。呉の貴人はすでにご退席か?」

 いまだぐずぐずと隣席にうろついていた孫権に、ちらりと一瞥を送る。

「あ、ああ〜、すまんのう、劉備殿が下戸だとは知らなんだ」

「殿は御酒がいけないわけではなく、過ぎたる酒は受付けない体質なのでございます」

 物言いは丁寧であるが、鞭のごとく厳しい声音だ。

「孫権殿。玄徳様の具合もよろしくないようですし、此の度の酒宴はこれにてお開きさせていただきますゆえ、どうぞお部屋にお引き取りを!」

「あ、ああ、いや、それはよいのだが、公瑾の姿が先ほどから見えなくてな」

 うろついている理由を、呉の君主はそんなふうに説明した。

「周瑜殿? さぁて、あのお美しい粋人ならば、月を相手に恋の歌でも詠んでおられるのでは?」

 冷ややかに言い捨てる孔明であった。

 とても、つい先ほどまで、肌を重ねていた相手を評する言葉とも思えない。とにもかくにも「殿」が第一の蜀の天才軍師殿であった。

「さ、子龍殿、孫権殿をお客室にお送りしてください! 雲長殿、翼徳殿! 殿をお部屋にお連れいたしますよ! さぁ、早く!」

 孔明の言葉に逆らえるものなど、この世にはいなかった。

 

「あ、あの.....孔明.....もう、私はだいじょうぶ.....

「いいえ、なりません! 御身に万一のことがあったら.....!」

「いや、病気ではないのだし.....

「殿は、わたくしの申し上げる通り、ゆっくりと静養すればよろしいのです!」

 君主の私室にしては、質素な造りの部屋に落ち着く。ふたりの義弟は、持ち無沙汰にうろうろとしていた。

「さ、殿、梅湯でございます。おひとりで飲めますか? なんならわたくしが.....

「う、うん、だいじょうぶだよ.....

 かいがいしく敷布をととのえ、冷たい水に布を絞る。

「さ、殿.....今宵は、おやすみになられるまで、この孔明がお側についておりますからね.....

「う、うん.....すまんな、孔明.....

「よろしいのですよ.....さぁ、もうお休みください.....

 ふたりの世界である。

.....あの〜、軍師殿〜」

 気の毒な義弟らが声をかけた。

「ああ、雲長殿、翼徳殿、まだいらしたのですか。あとはわたくしにお任せください、はい、では、おやすみなさい」

 おのれよりも二回りは大きい巨体ふたつを、ぐんぐんと押し返し、諸葛亮はぴしゃりと扉を閉めてしまった。

「ああ.....殿.....孔明が一生、お側についておりますからね.....

 そうささやく、蜀の天才軍師殿は、魔女妲己よりも妖艶で愛らしかった.....

 これはこれで、幸福の形である。

 現在、もっとも不幸な状態にあるのは、忘れちゃならない、呉の美周郎、周瑜公瑾であったのは、わざわざここに記すまでもない.....