うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<20>
〜帰還〜
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 
 

 

 

 

「……絨毯?」

 素っ裸に羽織モノひとつかけず、呆然と俺はつぶやいていた。呆然とするだけの理由があったのだ。

 見たことのある部屋……ううん、レオンの家じゃなくて……俺の元居た、コスタデルソルのあの家の……

 

「……ここ……」

 口にしたらすべてがウソになってしまうような気がして、続きをしゃべるのが怖い。ベッドに寝ていたセフィロスは……?あのセフィロスは……どっちの世界の……?

 

 そのときであった。

 ドンドンドンという、扉を叩く音。焦れたように繰り返し叩きつけている。

「……あ、あ……あ、あれ、ね、セ、セフィ……だれか……」

 爆睡しているセフィロスに向かって声をかけるが、もちろん反応はない。

 

 やがて、

 バン!

 と潔い音がして、ドアが開かれた。

 パッと明るい陽光が射し込む。薄暗い部屋に居た目に染みるようだ。

 

「……? に、『兄さん』ッ!な、なんて格好してんのッ? だ、大丈夫ッ? ちょっとォ! セフィロスッッ!」

 ヤ、ヤズーだ……本当にヤズーだ。ヤズーがいるッ!

 

「……『クラウド』……? いったい……」

 ものすごい剣幕のヤズーの後ろに、『彼』の姿がちらりとうつった。

 

 ……ヴィンセント……

 

 俺の一番大事な人。離ればなれになってから、何度も何度も思い出した最愛の人。

 真っ白な肌にクセのあるやわらかな黒髪……兎のように紅い瞳……そして、低くて聞き取りにくい……穏やかな声……

 ヴィンセント……本当に……ヴィンセントなの……?

 

「ヴィンセント……?」

「…………」

 部屋の途中まで入ってきて、ヴィンセントがハッと双眸を見開く。一瞬頬を染めたのは、俺がシーツが引っかかっただけの、素っ裸だと認識してのことだろう。

「……『クラウド』……いや、クラウド……か? 私の……」

 ……『私の』……不安げな、そしてどこかに期待を押し隠した震える声。

「ヴィンセント……ヴィンセント〜〜〜ッ!」

 まさしく俺は、脱兎のごとく……いやいや、この場合は逃げるウサギじゃなくて、飛びつくウサギのほうだ。そう、ウサギ顔負けの勢いでヴィンセントの細い身体に飛びついた。 華奢な造作の彼は、そのまま一緒に床に座り込んでしまう。

 セフィロスを叩き起こしていたヤズーも、唖然とした表情でこちらを眺めていた。

 

「ヴィンセント……ヴィンセント、ヴィンセント……! ホントにヴィンセントだよね、俺の……ヴィンセントだよねッ!」

「……クラウド……」

 細い指が、俺の髪に触れた。おずおずと撫でてくれるのが、ああ本当に「ヴィンセントだな」と感じさせる。

「ヴィンセント、逢いたかったよ……もうアンタのことばっか考えてた。絶対帰ってくるって……帰れるはずだって……そう信じていたけど……ああ、よかった!」

「……クラウド……ああ、本当に……?」

 震える指が俺の頬に触れる。

「うん、俺。ほら、よく見て?ちゃんと帰ってきたよ、ヴィンセント!」

「……ああ、クラウド……無事でよかった……」

 ヴィンセントの低い声が掠れて震える。確かめるように俺の抱擁に応える彼の細い腕。

「無事だよ! 無事に決まってんじゃん! アンタんとこ帰ってくるって、絶対に戻るって決めてたんだから……!」

「……私も信じていた」

 普段、ほとんど心情をつづらない彼が、そうささやいた。

 途端に目の裏が熱くなってくる。

 

「ヴィンセント、ヴィンセント……! ね、俺のこと抱きしめて。髪撫でてよ、キスして、おでこでいいから」

「え、あ、ああ……」

 おろおろと困惑しつつも、とりあえず、そっと髪に指を差し込むヴィンセント。静かにゆっくり撫でてくれる。

 ああ、彼だ……本当に……本当に……ヴィンセントの手だ……!

 

「……ホントに俺たちの兄さんみたいだね。いきなりヴィンセントに向かってそんなこと言い出すの、あなたくらいしかいないもの」

 ヤズーが苦笑しつつ、そうつぶやいた。

「うん、俺。間違いないってば。……な、ちゃんとヴィンセント守ってくれた? 俺の居ない間、なにもなかったろうな、ヤズー」

 ヴィンセントを抱きしめる腕はそのままに、顔だけ弟に向けて尋ねてやる。

 

「……チッ、言いたい放題だな。クソガキ」

 だらしなくローブ一枚引っかけて、セフィロスが起き出してくる。もっとも素っ裸にシーツを巻き付けただけの俺に言えた義理はないが。

「ケッ、俺のふところでグースカ眠っていたくせに」

「ちょっ……誤解されるようなこと言うなァァ! アンタの部屋に行きついちゃったのは偶然だろッ!」

「ほぅ、素っ裸でしがみついていたのも偶然か」

 意地の悪い微笑を浮かべ、ヤツがささやく。

 ったく何て性格の悪い男だッ!向こうの世界の『セフィロス』はあんなに貴族然とした好青年ぽかったのに。

 

「ク、クラウド……なにか着た方が……」

 頬を朱に染めたまま、目をそらせてつぶやくヴィンセント。セフィロスの指摘で、いきなり羞恥心が戻ってきたらしい。

「ち、ちがうからッ! 俺、なんにもしてないからねッ!ヴィンセント!」

「いや……おまえが無事なら、そんな些細なこと……」

「ちょっ……些細じゃないでしょーッ!? 潔白ですからッ!何の身に覚えもありませんからッ!」

 俺は敬語で必死に否定しまくった。

 

「……あの子も……自分の世界へ戻りついたのであろうか……セフィロス……」

 独り言のようにヴィンセントがつぶやいた。

「さァな。この小うるさいクソガキがこっちに帰ってきてるんだ。レオンとやらのところに戻ったんじゃないのか?」

 いつもの乱暴な調子でセフィロスがどうでもよさそうに言い放った。

「……君のおかげなのだろうか?」

 不思議なことを訊ねるヴィンセント。

「ハァ? 知るか。オレはなにもしていない」

「……そうか」

「まァ、もしかしたら、どこぞに居るもうひとりのオレが、差し出た真似をしたのかもしれんがな」

「……そうだな」

 小さく頷くと、やわらかく微笑んだ。

 俺のことは抱きしめてくれたままだったが、顔はセフィロスに向けて。

 

「ちょっとォォ! なにわかったような会話してんのッ! 気に入らないなぁ!」

「うるさい、ガキは黙ってろ」

「アンタ、セフィ! ヴィンセントは俺の大事な人だからな! 俺の居ない間に、ヴィンセント困らせたりしていなかったろうなッ」

「さあなァ?」

 食ってかかる俺を、軽くかわすセフィロス。

 

 ああ、ここはやっぱり俺の家だ。

 みんな、同じだ。いつもと変わらない。

 

 ……きっと、ここでもうひとりの『クラウド』は、疲れた羽を休められたろう。

 

 大丈夫だぞ、『クラウド』。

 レオンは、ちゃんとおまえを想ってる。

 『セフィロス』だって……『セフィロス』のことは、正直よくわかんなかったけど、あの人も何やら抱え込んでいるように見えた。

 

 レオンの側に居てやれ。あいつはすごくいいヤツだ。

 多分おまえにはおまえにしかわからない、苦しみがあるんだろうとは思う。でも、おまえならやっていけるだろ? レオンが傍らに居てくれたなら、おまえはきっと強くなれる。

 

 俺も俺でやっていくさ。

 個性豊かな面白いコイツらを、おまえも見ただろう。

 ホント、毎日が戦争みたいな有様だけど、これはこれでけっこう楽しい。もちろん、先の不安がないわけじゃない。

 でも、俺は強くなる。

 ヴィンセントのためなら強くなれる……ああ、いや、そうじゃない。意識しているわけじゃないんだ。

 ヴィンセントと一緒に居ると、自然にそうなれるんだ。

 

「……ただいま、ヴィンセント」

 あらためて、そう告げると、俺は彼の手を取り、チュッと音を立てて口づけた。