うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 セフィロス
 

 

 

 

バタバタバタ……
 

『ねぇ、そっち居た?』

『い、いや……』

『……もう、どこ行っちゃったんだろ! バスルームにも居ないし、庭でもなさそうだよ』

『……ヤ、ヤズー……ま、まさか、クラウドは世を儚んで……』

『あのねぇ、ヴィンセント。昔のお姫様じゃあるまいし、今どき世を儚んで自害なんて、できるのはあなたくらいのモンでしょ』

『い、いや……私は男性だが……』

『心の問題よ、心の。……っと、ねぇ、外に出ていった形跡はない?』

『……わからない。靴はそのまま残っているが……』

『そう……弱ったなァ……もう、ゴハンも食べないで、フラフラと……』

『すまない……私がもっと早く気がついていれば……てっきりおまえのところに居るものだとばかり……』

『ううん、そんなことないよ。……昨日の取り乱しようを考えれば、俺ももう少し注意してやるべきだったよ』

 

 

(……朝っぱらから、誰だ……ゴチャゴチャと騒々しい……) 

 オレはそう思った。

 いや、すでに『朝っぱら』という時点で誤った認識だったのだが。

 

 それほど飲んだ覚えはないのだが、ずいぶんと寝過ごしたようだ。例のインフルエンザの一件以来、多少、酒のまわりが早くなったようで不快に思う。

  

(……なんだ?)

 ふところがひどく温かい。

 

 やっとの思いで、目をこじ開けると、胸のあたりに、猫のようにギュッと身を丸めたクラウドがくっついていた。

 

「…………?」

 一瞬、言葉を失う。

 何をどうしたのかわからなくなるが、横になったまま再び目を綴じ合わせる。

「…………」

 2、3秒思考を巡らすと、すぐさま昨夜の一件を思い出せた。

 あの程度の酒で、泥酔などするはずがないのだ。

 

 いい気なもので、昨日はあれだけ泣き喚いていたにも関わらず、ふところの金髪チョコボは、スースーと平和な寝息を立てていた。

 

『ヴィンセント、俺、カダたちが起きてきたら、心当たりを一緒に捜してくるから』

『あ、ああ……クラウド……いったいどこへ行って……』

『ちょっ……ヴィンセント、真っ青だよ。とにかく落ち着いて……』

『……すまない……』

 

 ……どうやらヤバイことになっているらしい。

 確か、この子にはもとのクラウドの部屋を宛っていると、イロケムシが言っていた。そこに姿が見えなくて大騒ぎになっているのだろう。

 

 ……煩わしいことだが、致し方なかった。

 ロン毛ヤローはともかく、心配性のヴィンセントの手前、黙ってやり過ごすわけにもいかない。

 『クラウド』を起こさないよう、静かに寝台を滑り降りると、扉を開けた。

 

「……なんだ、朝っぱらから騒々しい……」

 不機嫌なオレのツラを見て、慌ててヴィンセントが謝罪する。

「あ……す、すまない……つい、大声を出してしまって……」

「あなたねぇ! 何時だと思ってるの、セフィロス! 夜遊びも大概にしないとまた体調崩すよッ!」

「フン、放っておけ」

「それで、またメーワクかけられたらたまらないから言ってるんだよ。あ〜あ、ちょっとォ、ちゃんとガウンの前合わせてよ、だらしない!」

「ヤ、ヤズー……! そ、そんな言い方……あ、あの、風邪を引くぞ、セフィロス」

 目のやり場に困るというふうに、はだけた袷をそっと直すヴィンセント。

「ヴィンセントはこの人に甘すぎるんだよ。……さっさと顔洗って食事済ませちゃってよ。悪いけど、あなたにかまってる時間ないんだよね」

「あ、あの……セ、セフィロス……具合が悪いのか? 二日酔いならレモン水を……」

 まるで正反対の対応をしてくれる美人ふたりだ。

 イロケムシは毒虫野郎だが、ツラだけは綺麗に整っている。

 

「フン、大騒動の原因なら、オレのベッドで眠っているぞ」

「…………!!」

 ふたり揃って大きく瞳を瞠る。

 フフン、ヴィンセントはともかく、ロン毛ヤローが慌てる様は、見ていて痛快だ。

 

「ちょっと……なにそれッ! どういうことっ? セフィロス! あなた、まさか『兄さん』に……」

「セ、セフィロス……? あ、あの子を……あの……まさか……い、いや……疑っているわけではなくて……」

「何、悠長なコト言ってんの、ヴィンセント! ちょっと、セフィロス!あんなに怯えてた子相手に、いったい何したっていうのッ!」

 細く整った柳眉をキリリと持ち上げ、オレに詰め寄るヤズー。

「ほぉ、めずらしくも慌てているな、イロケムシ。あのガキが気に入ったのか?」

「バカ言ってないでよ! 昨日も話したでしょ?  あの子は精神が不安定になってるんだよ。自分の世界と、ここの認識が区別されていないの!」

「……ま、待ってくれ、ヤズー……そ、その、セフィロスは……む、無理やり非道いことをするような人では……」

「ヴィンセント! あなたねぇ、ホント、お人好しも相手選んでして頂戴ッ! あれだけ意地悪なことされても、まだこの人の肩持つのッ? 『兄さん』のこと心配じゃないのッ?」

「あ、そ、そんなことは……す、すまない……」

「うるさいぞ、この女顔め。生理か?」

「セ、セフィロス……ッ」

 今度は泣き出しそうなツラでオレの袖を握りしめるヴィンセント。相変わらず可愛いヤツだ。

 

 そんな時であった。

「……あ……みんな……」 

 ベッドの方から弱々しい声が聞こえた。

 金色チョコボがよろよろと起き出し、不安げにこっちを眺めていた。オレたちの険悪な状況をいぶかしんでいるのだろう。

 

「……よかった、一応、パジャマ……着てる」

 ボソリとつぶやくイロケムシ。

「あ、あの……?」

「『兄さん』ッ! よかった、無事だったんだねッ!」

 ズカズカと無遠慮に室内に踏み込んでくると、ヤズーは『クラウド』の肩を抱き、上から下まで検分する。

「あ、あの……ヤズー……? ど、どうしたの?」

「もう! どうしたのじゃないでしょ? 朝、君の様子を見に行ったのに、部屋に居なくて……」

「……あ」

「いったいどこに行ってしまったのかと思って、すごく心配したんだよッ?」

 掻き口説くように訊ねるヤズー。

「……ご、ごめん……」

「なんで、こんなところに居るの? セフィロスに何かされたのッ?」

「おい、イロケムシ。言葉を慎め、コノヤロー」

 しかし、俺の言葉など耳に入らない様子だ。

「ち、違う……セフィロスは悪くない……」

「……『クラウド』……?」

 低く呼びかける声はヴィンセントだ。

 

「オレ……昨日の夜……あやまりに行ったの……」

「え……なに?」

 イロケムシが、女のように睫毛バサバサの瞳を瞠った。

「お昼のこと……昨日……ヤズーたちが別の人だって……オレの勘違いだって言っていたでしょ……?」

「あ、う、うん。そ、それはその通りなんだけど」

「だから……あやまりに……」

 まるで叱られた子供のように、ボソボソと『クラウド』はつぶやいた。

 

「どうだ、わかったか、イロケムシ!」

 オレは勝ち誇ったように宣言した。

「もとに居たあのクソガキとは違って、この子は、躾がいいんだろうな。わざわざオレの帰ってくるのを待って謝罪にやって来た」

「そうか……頑張ったのだな……」

 俯いてしまった『クラウド』の髪を撫でるヴィンセント。

 相変わらずズレたセリフがご愛敬だ。

 

「ちょっ……ちょっと待ってよッ! だからって何も一緒のベッドに……」

「パジャマ一枚で泣き出したから、布団に入れてやっただけだ。汚れた貴様の思考に重ねるのはやめてもらおうか」

 ひょいと両手をあげて、やれやれというように頭を振る。

「……なッ……!」

「ほら……ヤズー……言ったとおりだろう? セフィロスはとても気持ちのやさしい人間なんだ」

 ヴィンセントが畳みかけるようにオレの味方をする。

「ちょっ……!」

 気の毒に……

 ヴィンセントにこう言われてしまっては二の句が継げまい。

 オレは絶句するロン毛を横目に、『クラウド』に視線を送った。上手い具合に目が合う。

 すると彼は、ボッと火がついたように真っ赤になり、それでもおずおずと口を開いた。

「……あの……夕べは迷惑かけて……ごめんなさい」

「ふふ、まぁ、ガキの相手は慣れている。なにかあったらいつでも来い。……シャワーを浴びたらメシを食いに行く」

 金の髪をくしゃりと撫でつけ、最後の一言だけはヴィンセントに言い残すと、オレはくるりと踵を返した。

 そのままバタンと扉を締めてやった。

 最後までイロケムシが、狐につままれたような表情でこちらを見つめているのが印象的だった。