Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<28>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 外見は愛らしい少女になっても、行動はクラウドだ。

 

 図々しくも赤毛のとなりに座り込み、クソ高い酒をガシガシ作る。

「はい、社長さん、どーぞ」

「……あ、ああ」

「はい、ヴィンちゃんはお水飲みなさい」

 にっこりと微笑んでヴィンセントにグラスを渡すクラウド。このときの笑顔だけは本物だ。

「はい、そっちのハゲ……じゃねー、グラサンのお兄さん。コニャックですわよ」

「…………」

 おとなしく飲むルード。

 よほどのことがないかぎり、この女をまさかクラウドだとは思うまい。

「赤毛のお兄さんはブランデーでいいかしら?」

「…………」

「はい、どーぞ」

 にっこりと小首をかしげて愛想笑いをする。

 ……顔だけは愛らしいのだが。

 うろんな表情でクラウドを見つめる赤毛の男……

「どうかなさって?」

 金の巻き毛がくるんと揺れる。

 

「おい……おまえ、こんなところで、なにしてるんだよ、と」

 独特の口調が低く響く。酔いが醒めたような赤毛の表情。

「な、なにかしら?」

 あくまでも可愛らしくクラウドが訊ねる。

 

「……だって、おまえ、クラウ……ガフッ!」

 奴は最後まで言い切ることはなかった。

 クラウドのフリルで飾られた腕が伸び、ガッシとばかりにレノの頭を掴み締める。

 あろうことか、そのままのイキオイで、あんまんによって矯正された胸元へ思い切り押しつけたのであった。

「ブフッ!」

「ん、もう、まだそんな時間じゃないでしょッ!」

 ……苦し紛れか、ノリだかわからないが、クラウドの行動はいちいち恐ろしい。
 
 さすがのオレでも息を飲む瞬間の連続だ。

 

「お、おい、なに……ク、クラ……」

「……仕方ないわね。今日は早引けの予定じゃなかったんだけど、ねぇ、社長さん?」

「……フン、まぁ、貴女のような愛らしいお嬢さん相手なら、致し方ないか、レノ」

「ぐっ、苦し……しゃ、しゃちょう……」

 あんまん胸に呼吸を阻まれ、目を白黒させるレノ。

「局長殿も眠り込んでしまったし、パイロットくんも飲み過ぎらしい」

 気障ったらしく、ジェスチャー付きでルーファウスが言った。

 泡を吹いて白目をむいたリーブと、げっそりとそそけ立ったシドを見て、よくもまぁそう解釈できるというものだ。

 ヴィンセントは、もう何をどうしていいのかわからないだろう。少なくともクラウドは助っ人のはずだが、刺激が強すぎだ。
 
 ガチガチに硬直したまま、震える手でグラスを握りしめている。

 

「では、我々はこれで……」

 すっと片手を上げて、支配人を呼びつけるルーファウス。

 黒髪の支配人も生きた心地がしなかったのだろう。真っ青な顔つきで駆けつける。

 だが、彼の心配をよそに、ルーファウス社長は上機嫌でカードを渡し、なにか小声で話しかけると、名刺まで差し出した。

 

「じゃあな、レノ。……そっちの分も心付けしておいたから、彼女をがっかりさせるなよ」

 軽い足取りで出てゆくルーファウス・神羅の後を、リーブを背負ったシドがフラフラとついて行く。

 彼らの後を追うハゲが、レノに、「……がんばれよ」と耳打ちした。

    

 当の赤毛は、胸元から必死に顔を上げてはいたものの、クラウドにガッシリ抱きしめられたまま、身動きできない。

 

「ああっ……お、おい、ちょっ……社長……ルード!」

 気の毒にもヤツの抗議など、誰の耳にも入っていなかった。

 出口でカードを受け取り、あっさりと姿を消すルーファウス・神羅一行。

 

 

「……よし、行ったな」

 クラウドが低くつぶやいた。もちろん男の声で。

「お、おまッ……やっぱりクラウドだぞ、と」

 息咳き込んで叫ぶレノ。

「騒ぐなよ、うるせーな。ちょっ……離れてよ」

 煩わしげに奴の痩身を押し返すと、クラウドは乱れた服を手早く直した。

「よしよし、ミッション終了ッ!」

「お、おい、なんだ、そりゃ……」

「アンタの知ったこっちゃないよ。ちょっとォ、いつまで胸触ってんの?」

「なんで、おまえ……」

「まぁね、いろいろ事情があるんだよ。……それより……おい、レノ」

 グイと細いネクタイを引き寄せるクラウド。

 クッと口角を持ち上げ、悪魔的とも言えるような妖しい微笑を浮かべる。

 女装と化粧が、少年の顔を魔女のように魅せた。

 

「……いいか、このことは誰にも言うなよ? ……もし神羅の連中に漏らそうもんなら……」

「言えねーぞ、と。こんなこと。あ〜、オマエ相手に勃っちまうなんて死にてーよ」

「フフフ、なにかしら、ソレ? もしかしてアタシの胸に感じちゃった?」

 わざと女声に切り替えて、クラウドがからかう。

 

 ……だが、調子に乗りすぎだ。

 ヴィンセントの表情を見てみろ……

 

 すでに吃驚を通り越して……怯えている。

 

「わかったヨ。言わねーよ。約束してやるぞ、と」

「物わかりのいい奴は好きだぜ」

 ニッとクラウドが笑った。

 これはオトコの笑い方だ。

 

「……そのかわり。胸、揉ませて」

 驚くべきことに、赤毛タークスはとんでもない申し出を突きつけた。

「……は?」

 案の定、クラウドの口がまん丸になる。

「ぶっちゃけ、『クラウド』だと思わなきゃ、可愛いお嬢さんだぞ、と」

 ……まぁ、それについては異議を唱えるつもりはない。

 実際、女クラウドはオレも可愛いと思える。

 ……しっかし、即物的な男だ。この赤毛ヤロウ。

 

「……別にいいけど、俺の胸じゃねーし」

 クラウドがボソリとつぶやいた。

「じゃ、遠慮なく」

「お、おいッ? おまッ……ちょっ……場所柄をわきまえろよ!」

 むんずとばかりにクラウドの乳を……もといあんまんを握りしめるレノ。

 あっけにとられるヴィンセント。

 

「ちょっ……、そこのお兄さん、邪魔なんスけど」
 
 剣呑な口調で、ヴィンセントを追い払う赤毛。

「…………」

「黒髪のおにーさん」

「え、あ、は、はい……」

 惚けたように返事をするヴィンセント。

「あ、あの……ほ、本日は、ご、ご、ご指名いただきましてありがとうございました……ま、ま、またのご来店を……こ、心よりお待ち申し上げております……」

 クソ律儀にも教えられたとおりのセリフを口にすると、ヴィンセントはふらふらと立ち上がった。

 レノのクソ野郎は、ヴィンセントの口上なんぞ聞いちゃいない。

 

「あ、あの、ちょっ……ヴィンセントッ?」

「動くんじゃないぞ、と」

 レノに押しとどめられるクラウド。

 さすがにバランスの取れないヒールでは、分が悪いらしい。

「バカッ! どけよ、レノ!」

「まだまだ、これからだぞ、と」

「オイィィィ!」

 

 盛り上がるテーブルをよそに、ヴィンセントはよろよろと裏方に戻ってきた。

 戸口のところで、ヤズーとオレの顔を見ると、途端に紅い瞳にブワッと涙を盛り上げる。

 

「ヤ、ヤズー……セ、セフィロス……」

 可哀想にフラフラだ。それはそうだろう、数刻に渡って、ひどい緊張を強いられたのだから。

「ヴィンセント、お疲れ様! よくやったよ、ホント。あの社長さん、大満足して帰っていったし、支配人、名刺までもらってたから」

「え……? そう……なのか?」

「ああ、本当だ。オレも見ていた」

 そう口添えしてやると、頬を伝ってボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 まったく涙腺の緩い野郎だ。だが、さすがにここまでキツイ思いをさせるつもりはなかった。今回の一件を奨励したオレとしては多少良心が痛まなくもない。

 そんな気持ちから、うつむいた頭をぐりぐりと撫でてやる。

「セ、セフィロス……」

 紅い瞳がオレを見上げる。

「泣くな。……ご苦労だったな」

「……よかった……緊張……して……何がなんだかわからなくなってしまって……」

「大丈夫、大丈夫、ヴィンセント。さ、一休みして帰ろ? 今夜はゆっくり休んで、ね?」

 イロケムシがハンカチでヤツの顔を拭ってやっている。

 こくこくと頷くヴィンセント。

 

「お、おい、ちょっ……何してんだよ、あいつら…… おい!レノ!もういいだろ、どけ、ヘンタイ!」

 大円団という雰囲気を醸し出すこちらに気づいているのだろう。影の殊勲者小公女クラウドがこちらを見つめている。なにやら必死に赤毛を引き離そうともがいているようだ。

「放せっつってんだよ、コノヤロー!」

「男がオンナの子の乳揉んで何がヘンタイなのかな、と」

「俺は男だ! ああッ、ちょっ……レノ!当たってる、当たってる!」

「クラウド……じゃねー、クラ子ちゃん……悪い……抜かせて」

「抜かせられるかーッ!ヴォケェェェ!!」 

 

 まぁ、戦に犠牲はつきもの。

 金儲けに人身御供はお約束なのだ。

 

 そんなこんなで、オレたちのとんでもない一日は過ぎ去った。

 無事満期終了したヤズーのバイト……ヴィンセントの健闘も手伝って、かなりの金額になったらしい。

 

 そして後は工期の日程を待つばかりの、新・ストライフ一家邸。

 

 その後、何となくヴィンセントとクラウドの関係が微妙であったが、すぐさまなし崩し的に元通りになったようだ。

 ま、別にオレにとっちゃ、どうでもいいことだ。

 

 

   

   

 昼下がりの午後……

 

 コンドミニアムのサンルーム。

 

 寝椅子に横になっていると、ヴィンセントが冷たい飲み物とタオルを持ってきてくれた。

 

 オレが声を掛けると、おとなしく傍らのチェアに腰掛ける。もちろん、いつもと変わらず、物静かな……穏やかな雰囲気で。

 

 そのうち女顔のイロケムシがひょいと顔を出し、なにやらヴィンセントに確認してすぐに引っ込む。夕食の食材の話のようだ。

 

 目の前のプールではガキどもが飽きることなく遊んでいる。なぜかガキに混ざってクラウドが居るのも笑えるところだ。

 そこにヤズーがタオルを持って歩いていくと、一番末のチビガキが、それこそ、猫のように飛びついていった。

  

 あと3日ほどで、家の改築が終了する。

 この場所で過ごすのも数日となれば、いささか名残惜しいような気がしなくもない。

 

 ……ああ、やれやれ。

 ……なにを言ってるんだか、オレは……

 

 気がつかないうちに、また笑っていたらしい。

 となりのヴィンセントが、つられたように淡く微笑む。

 

 何か言ってやろうかと思ったが、まぁ、よしとする。

 

 オレはいささか強すぎる日差しに、ゆっくりと双眸を綴じ合わせたのであった……