Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<34>
 
 ヴィンセント
 

 

「やぁ、ヴィンセント。……どうやら、お別れの時が、すぐ側までやってきているようだね」

 数刻後、私は王子の部屋へ足を運んだ。

 彼は落ち着いた声で、そうささやくと、やさしいブラウンの瞳で私をじっと見つめた。

 アンティークな装飾を施した暖炉には、オレンジ色の焔が踊っている。幻想的な雰囲気の中、ビロードのマントを背から垂らしている彼は、まさしく童話に出てくる白馬の王子様に見えた。

「……王子、その……いろいろと……どうもありがとう」

 もっと言いようがあろうに。私の口下手は笑って取り繕えるレベルではない。

「いや、私は何もしていないよ」

 苦笑混じりのそのセリフに、私は首を振った。

「異世界から来た我らに力を貸してくれた。普通に考えれば、妖しいことこの上ない我々なのに…… 君は私たちを信じてくれた」

「姫君の扮装をした君が、あまりにも美しかったのでね」

 茶化すような物言いだったが、私は頬に血が上って行くのを感じた。

「……あ、あの……本当に……感謝している。いろいろ迷惑を掛けてすまない。私は……」

「ヴィンセント。残り少ない時間を、感謝と謝罪で終えてしまうつもりかね。私は君の話が聞きたい。君の生きる世界の話を」

「王子……」

「ふたたび、相見えることはないかもしれないが、これから聞かせてもらう、君の住む不思議な世界の話と共に、君のことはずっと忘れない」

 しなやかな……それでいて、関節の張った男性的な指が、そっと私の手を取った。

「さぁ……ヴィンセント、君の話を聞かせておくれ」

 そう促されて、私は以前わずかばかり口にした、もとの世界について語った。

 

 コスタ・デル・ソルの太陽が、どれほど強烈に大地を照らし出すのか…… 宝石をちりばめたような白い砂浜、目に痛いほど、蒼く澄んだ海……

 どれもこれも、王子の住む、この世界にはないものだ。

「空に漂う雲は、この世界のように慎ましげなものではない。入道雲と言って、まるで化け物が腕を広げたような恐ろしげな形をしているものも多い。それが現れると、時をおかずしてスコールに見舞われる」

「スコール……」

「ああ、雷を伴う激しい雨のことだ。コスタ・デル・ソルは南国の気候だから、その移り変わりは激しい」

「まるで物語の世界のようだね」

 感心したふうに、そういう王子に、私は微笑みかけた。

「私から見れば、美しく穏やかな貴方の世界こそ、物語だ。……クラウドたちは大変な思いをしたかもしれないが、私はずっと幻想的なこの世界に魅了されていた」

「ふふ、そういってもらえると嬉しいな。ああ、そうだ。君の世界には私とよく似た人が居ると言っていたね」

「あ、ああ。ジェネシスのことだな」

 私はすぐに頷き返した。

「そう、その彼。君らの友人と聞いたが……君自身にとっては、どのような人物なのだろう」

「え……?」

「君ら家族とは知り合いと聞いたがね。ヴィンセントにとってはどうなのだろう?」

「あ、あの……それは……」

 詳しく話したわけではなかったのに、何かつながるものを感じるのだろうか。ジェネシスによく似た王子は、不思議な問いかけをしてきた。

「あ、あの……」

「おやおや、君を困らせてしまう質問だったのかな」

「あ……いや……」

 我ながら、こうもたやすく思いが顔に出てしまうのが恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

「その……私にはよく理解できないのだが、彼は……ジェネシスは、私に対して、たいそう好意を抱いてくれているようなのだ。長身の美丈夫で、頭もよく人に好かれる人物なのに、何故か物好きにも……」

「ああ、はは、なるほどね。そのジェネシスという青年は、姿形だけでなく、心根も私と似通っているようだね」

 艶めかしい微笑とともに、そんなふうに告げられて、ただでさえ言葉の苦手な私は、もう何も言えなくなってしまった。

 

「……すまないね、君を惑わせるつもりはなかったのだが。どうも私は君の困った顔を眺めるのが好きなようだ」

「そ、そんな…… で、でも、私も、貴方のことを、とても……」

 必死でそこまで言ったとき、ぼんやりと視界が白く濁ってきた。

 手を伸ばせば触れあえるほどの距離に居たはずなのに、薄い膜を通して彼を見ているようだ。

「あ……、お、王子……? どこに……」

 ソファから立ち上がり、私は慌てて辺りを見回す。

 次の瞬間、ぐいと腕を引きよせられ、私は彼のマントに包み込まれていた。

「どうやらお別れのようだね、愛しい人」

「……王子」

「短い間だったけど、君と居られた日々は、まばゆく私の記憶に残っている。君によく似たあのレディのことは私に任せてくれたまえ。必ず守ると約束しよう」

 マントの内側から伝わる体温が、徐々に熱を失ってゆく。

「王子…… 王子! あ、ありがとう!」

 消えてゆく深い緑のマントに手を伸ばす。

「我が永久なる心の想い人…… どうか、君に幸あれ……ヴィンセント」

「王子……! 王子……!」

 白い霧に取り込まれ、足元すら危うくなりながらも、私は必死に彼を呼び続けた。