〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 ズダダダダン!

 

 壁に叩き付けられる扉……目の前をすっ飛んでいったのは、釘かネジか……?

「うあぁ……ッ!」

「きゃあぁッ! ご、ごめん、ヴィンセント、大丈夫!? あ、どぉもォ〜」

 掠れた悲鳴はヴィンセントのもの。

 次のこまっしゃくれた物言いはイロケムシだ。

「いったぁ〜い、手ェ擦っちゃったァ。ヴィンセントは大丈夫ゥ?」

「あ、あの……あ、いや、あの……これはッ! そのッ!! ク、クラウドの叫び声がき、聞こえたらッ!! さ、最初はドア越しに様子をうかがっていたのだが、セ、セフィロスの怒鳴り声が聞こえて…… な、なんだか、ひどく心配になってしまってッッ!!」

 怒濤のごとく謝罪を始めたのは顔を真っ赤にしたヴィンセントであった。

「ヤ、ヤ、ヤズーは悪くないんだッ!! もし万一のことがあったらと…… 私だけでは対処できないと思って…… こ、こんな……最後まで見ているつもりは……」

「やだァ、ヴィンセント、そんな言い方じゃ、まるで『覗いていました』って言ってるようなモンだよォ。あー、ほら、途中から、雰囲気変わったな、って思ったんだけどォ〜」

 のんきに宣うヤズーに、クラウドが怒りと後悔と羞恥の爆撃を投下する。

「だ、だ、だ、だったら、ヴィンセント連れて退場すりゃいいだろォォォォ!! ち、違うの、ヴィンセント、ホント、コレ、俺はそんなつもりなかったんだから。何か知らない内にこうなっちゃって、いや違うからね。俺が誘ったんじゃなくて、セフィが無理やり……」

「ク、クラウド、そんな言い方……セフィロスに……」

「オレが無理やりねェ。言っておくがここはオレ様の部屋だぞ、クラウド。おまえを襲うのにわざわざこの部屋に連れてきたとでも?」

 あからさまに、グッと詰まるクラウド。

 そりゃそうだろう。オレの問いかけは、至極的を得ているはずだし、この部屋に来た当初、クラウドの意識は昔のままだったはずだ。

「それはその……」

「フツー、押し倒すんなら、おまえの部屋でだろうな。おまえのほうからこっちに来ない限りはな」

「う……ッ あ、そ、そうだ、わかった! きっと、ほら、今ちょっと夢遊病テイストな俺が、トイレに行こうとしたところを、セフィに拉致されたんだ!! そうに決まってるッ!!」

「アホか。オレも寝ていたんだぞ。廊下を誰が通ったかなんざ、気付くはずがないだろ」

「クラウド、もういいではないか」

 おだやかな口調で諫めたのは、なんとヴィンセントであった。コイツもまたおかしなヤツだ。常識的に考えれば、もっとも怒りや嫉妬を露わにしてもおかしくない立場にあるはずなのに。

 

 

 

 

 

 

「ちょっ……ヴィンセント!? だって、俺……」

「クラウド、身体の具合は大丈夫か?」

 穏やかにヴィンセントが問う。

「お尻が痛いです」

 とクラウド。

「あ、あの、いや、そういうことじゃなくて…… ええと、その体調というか……気分というか……」

「中出しされたので、お腹が痛くなるかも知れません」

「あ、あのッ……クラウド、私が訊ねたいのは……」

「プ、プハーッ! アッハハハハハ!! いやァ、なんだかもう可笑しくなっちゃう、あなた達。まぁまぁ、もういいじゃない。ヴィンセントも兄さんも」

 堪えきれないといった様子で、腹を抱えながらイロケムシが仲裁に入った。

「ま、方法はどうであれ、これで兄さんの容態も落ち着くんじゃない? なんだかすっきりした顔してるし」

「なんだよ、それ」

「いいのいいの。わからなきゃ、それでいいのよ。さーて、面白い物見れたし、寝直そうかなァ〜」

 ふあ〜と綺麗なツラで大あくびをしつつ、ヤズーが言った。ヴィンセントも置いて行かれては大変とばかりに立ち上がる。

「あ、そ、そうだな。す、すまない、ふたりとも。本当に失敬した。つ、つい心配だったので、不躾な真似を…… で、では……ッ!!」

「ああん、待って、ヴィンセント〜。俺も行くッ! ねぇ、怒ってないよね? 俺の意思じゃないんだからね? 俺が好きなのヴィンセントだけなんだからッ!! 最期イッちゃったのだって、アレ、何つーの? ただの生理現象っつーか……」

「ク、クラウド。ちゃんとローブを羽織って……シャワーを浴びてから、部屋で寝なさい」

 早口で叫ぶように告げると、慌てて踵を返すヴィンセント。

 濡れ場を見られたのはどちらなのかというほど、激しく動揺しているのはヴィンセント。そりゃまぁ、いくつになっても免疫のできないあの男にしてみりゃ刺激が強すぎたのはわかるが。

「ヴィンセント、ヴィンセントってば!! 待ってよ」

「いい子だな、お、おやすみ、クラウド…… そ、それから……ありがとう、セフィロス」

 オレに向かって、勢いよく頭を下げると、ヤツにしてはめずらしいほどドタバタと音を立てて部屋を出ていってしまった。

 とうとうヴィンセントは、この部屋に居る間、ただの一度もオレと目を合わせることはなかった。

 

「……ねぇ、なんスか、あの『ありがとう、セフィロス』って……」

 呆然としたまま、ぺったりと座り込んだ寝台の上でつぶやくクラウド。思わず吹き出しそうになるが、「さぁな」と言ってごまかした。

「おかしくね? どうして、この状況でヴィンセントがセフィにお礼いうのよッ!? フツーだったら、セフィのこと怒らない!? そんで恋人の俺は許せないかも知れないけど、許してあげてもう二度としないからって約束して、仲直りのHを……」

「勝手にストーリー作ってんじゃねェ。あー、疲れた、寝よう」

「おい、ちょっ……セフィ!!」

「さっさと部屋に帰れ。ここで寝たいんなら騒ぐんじゃねェぞ」

 本当はシャワーを浴びてから横になりたかったのだが、あまりにも眠たすぎた。

 ……たぶん、それはずっと背負ってきた重い荷物が降ろされたせいだ。

 たった今の家の連中とのやり取りが、クラウドとふたりきりの時には実感のわかなかったオレに、「荷物はもうなくなった」と知らしめてくれたのかもしれない。

 すると不思議なことに、眩暈がするような睡魔に襲われた。

 

 ふたたび眠りに着いた後……

 オレは夢を見ていた。

 ふたたび、あの風景だった。

 燃えさかるニブルヘルムの町……炎に捲かれ崩れ落ちそうな神羅屋敷。

 そこにはすでにクラウドの姿はなく、またオレが手に掛けた者らの亡骸も消えていた。

 だが不思議なことにヴィンセントが居た。見た瞬間、すぐに『ヴィンセント』だと気付いた。

 長い癖のある黒髪が、炎と風に煽られ背になびき、細い身体にいつもの紅のマントを被り……深いワイン色の双眸がオレを見つめる。

「……ヴィンセント? どうしておまえが……?」

「…………」

「ヴィンセント……!!」

「…………」

 彼の名を叫ぶと、その姿が炎の中に消えた。火に捲かれて焼けたという意味ではない。そのまま透きとおるようにかき消えたのだ。

 ヴィンセントはほとんど感情の読み取れぬ面持ちをしていたが、ただ……オレの気のせいかも知れないが、その切れ長の双眸の中に、わずかに懐かしみと愛おしみを感じ取ることができたのだった。

 

 翌朝、ベッドのとなりにクラウドの姿は既になかった。

 だからあれからクラウドが自室に帰ったのか、そのまま一緒に眠ったのかは知らない。今となってはどうでもよいことだ。

 オレはまたいつもどおりの一日を始めるために、シャワーを浴びて居間に向かった。

 そこには常と変わらぬ日常がある。

 

 ヴィンセントがテーブルに皿を並べていて、ヤズーがガキどもの相手をしながらティーセットの用意をする。騒々しくしゃべりながら、朝一番で乾いた洗濯物をまとめるカダージュにロッズ。ヴィンセントの後をくっついて回るクラウド……

 

「ってゆーかさァ、ホント、セフィは自分勝手だよね、わがままっつーか」

「クラウド……そんな言い方は……セフィロスはおまえを心配して……」

「まぁまぁもういいじゃない、ふたりとも。ヴィンセントだって気にしてないみたいだし」

「それがよけーに俺にとっては不満なのーッ!!」

「ク、クラウド…… わ、私は……別に……」

「だいたいさァ、フツーに中出しってするゥ? 着けるでしょ?人として!」

「ク、クラウド……ッ!! よ、よしなさい!」

「ヤズー、中田氏って?」

「ほらァ、二丁目のバーコードヘアのおじさん。よくブルドック連れてるじゃない」

「ああ、知ってる。お菓子屋のおじさんだよね!」

「ヤ、ヤヤヤヤ、ヤズー!!」

「アッハッハッ! さぁ、みんな、ゴハン食べよ!」

 

 とまぁ、昨日の続きのような今日が始まっているわけだ。

 「食事」と呼ばれて、ソファを立つと、なんだか肩が軽くなったような気がした。

 

 ……気のせいだろうとは思うが、そう悪くない気分なので、そのままよい方へ考えておくことにした。

 

 斜め前の席のヴィンセントと、ふと目が合う。

 彼はいつものように少し困ったような面持ちなり、それでもぎこちなく微笑みを返してくれた。 

 

 

 

 

終わり