〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<20>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

「えー、では、アレね。さてね。そんで、今日はどこが悪いの、ヴィンセントくん、コレ?」

「え……あ、い、いえ……」

「また神経性胃炎かね? それとも神経性の微熱かなァ? まぁ、このセピロスくんの居る家じゃあねェ、苦労も多いわなァ、ヴィンセントくん」

 ハァと難儀そうにため息まで吐き出し、ヤブ医者はヤレヤレと頭を振ってみせた。

「い、いえ、先生……そうではなくて……」

「まぁ、アレだ。ヤズーくんも細っこいけど、神経は図太そうだしねェ。身体の神経もか細いのは、チミだけなのだね、ヴィンセントくん。コレ」

「おい、ジジイ。話を聞け。……今日の患者はヴィンセントではない」

 埒があかないので、オレは割って入った。

「おい、ヴィンセント。てめェも惚けてるな。せっかくこんなところまで来たんだ。ちゃんと説明しろ。このガキは自分のことがよくわかっていないようだからな」

 ヴィンセントは神妙な顔で頷くと、さっきから、「関係ないモン」ってなツラで、物珍しそうに診察室を歩き回っていたクラウドの手を捕まえた。

「さ、クラウド……座りなさい」

「…………」

 母親に連行される小学生か。

 ぷくりと頬を膨らませて、ふて腐れた様子で丸椅子に腰掛けるクラウドである。

 ムカツクガキ!と同時に、やはり可愛らしい顔をしていると感じるのは、昔の恋人の欲目だろうか。

 

「なんだねェ、この子かねェ?」

「クラウド・ストライフ! この『子』じゃないもん! それから注射は絶対却下!」

 ……十分、子どもだ。クソガキが。

「はぁ? 何を……」

「だから、俺、絶対注射はしないから!させないからッ! 病気じゃないもんね!」

「クラウドは黙っていてくれ。先生、実は……」

 ヴィンセントは静かに口火を切った。

 オレとの会話では、よくしどろもどろになるが、もともと頭はいいヤツなのだ。

 医者を相手に、ヴィンセントは理路整然と、今日までのクラウドの様子、気になったこと……そして念のためなのか、数日分の体温と食事の記録まで取っていた。

 事情のわからぬ家人としては、十分すぎるほどに上等な対応といえよう。

 だが、だからといって、それが病因を探し出す手がかりになるかというと……それはまた別問題らしかった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜む。そうねェ、話はわかったけどねェ。でも、それだけじゃ、『病気』であると断言することはできんわなァ」

 ヤマダー……もとい山田医師は、こけた頬にパチパチと手を打ち付けると、慎重にそうつぶやいた。

「でしょ? だから言ったでしょ? 俺、病気じゃないもん。何ともないもん」

「いやいやいや、チミね〜。チョコボくんね〜。だからといって、『何ともない』とも言えんだろうがね、コレ」

「で、ですが、先生……」

 承服できない面もちのヴィンセント。

 そりゃそうだろう。コイツをここまで連れてきた苦労を思えば、ある程度納得のいく説明が欲しいところだ。

「まぁ、見たところ、そこのチョコボくんは充分元気そうだがねェ、コレ」

「ク・ラ・ウ・ド・だってば!! チョコボ関係ねーだろッ!」

「クラウド、よしなさい…… ですが、先生。確かに食欲もあるし、いわゆる病身といった印象は受けないかもしれませんが、ここ数日頻繁に魘されたり、意味もなく涙を流したり…… これまでは一度もそういうことはなかったのです。彼はとてもしっかりとした、明朗快活な青年なのに、こんなことは初めてで……とても……心配なのです」

「明朗快活ねェ、コレ」

「明朗快活……久しく聞かん人評だな」

「茶化すなよ! 俺は明朗快活ですよ、コノヤロー。病気っつったら、セフィのがよっぽど病人じゃねーか! 浮気病、エロエロ病、意地悪病!」

「なんだと! 人がせっかく心配して、こんなボロ診療所にまで付き合ってやったのに!」

「ボロ診療所はよけいだがね、コレ」

「るっさい! 誰が医者に連れてってって頼んだよッ!? セフィは、ただ面白がってついてきたくせに!」

 ヤマダーの文句を黙殺して、クラウドが怒鳴った。

 大の苦手な病院に来て、テンションが上がっているのだろう。

 

「……ふたりともやめたまえ。山田先生の前だぞ」

 ヴィンセントが低くささやいた。

「フンッ!」

「ケッ!」

「はぁ〜、やれやれ。チミも苦労するねェ、ヴィンセントくん。一応、胃薬出しておこうか、コレ?」

「あ、い、いえ……私は大丈夫です……」

 不安が解消されず、心許なげに目線を漂わせるヴィンセント。さすがにヤマダーも医師として良心の呵責を憶えたのかも知れない。

 ヤツはひとつ大きく吐息すると、ふたたび患者席のクラウドに向き直った。ヴィンセントは、彼の後ろの椅子に、寄り添うように座っているのだ。

 

「んー、あー、まぁ、あとは……考えられるとしたら、ストレッサーかねェ。でも、あんましそういうタイプには……」

「ストレッサ? なにそれ?」

 と、クラウド。

「ストレスのことじゃよ、コレ。人間は大きなストレスにさらされると、無意識のうちに不可解な行動をとることがある。あー、ホレ、よくない例えじゃが、火事を経験した子供が、保護された後も安定しないとか……大人になってからも、トラウマとして残ることがあるとか……よく聞くじゃろ」

「はい……わかります」

 答えたのはヴィンセントであった。

「えー、別にィ、俺、今、幸せだしィ。ヴィンセントが側にいるもんね〜」

「クラウド、先生のおっしゃることをちゃんと聞きたまえ」

「だって、ホントのことだもん。あ!でもストレッサー?はあるよ!セフィが意地悪すんの。俺とヴィンセントがいいムードなのに、邪魔したりとか割って入ったりとか、俺の不安を煽るような行動を……」

「クラウド……ッ! す、すみません、先生。彼は少々落ち着きがなくて……」

 ヴィンセントが無神経なガキの発言を押しとどめ、頬を真っ赤にしたままあわてて謝罪した。

「あー、まぁ、プライベートに立ち入るつもりはないからね、コレ。まぁ、現状で考えられるのはそれくらいかねェ」

「そう……ですか」

「まぁ、とりあえず、今日のところは軽い安定剤を出しておくかね、コレ。もし、本当に何かストレスになっているのだとしても、食事がきちんととれているならば、それほど心配はいらんと思うがね、アレ。ヴィンセントくんもあんまり思い詰めて、チミのほうが病気にならんようにねェ、コレ」

 独特のいいまわしで、さりげなくヴィンセントにも注意を払い、ヤマダーは診察を終えた。

 

 きちんと頭を下げるヴィンセントの横を、クラウドのクソガキが、逃げるように飛び出してゆく。一刻も早く「病院」という場所から出て行きたくてたまらないように。

 診療所から出ると、コスタ・デル・ソル特有の、燃えるような夕陽が沈みかけていた。

「おい、ヴィンセント。今日は外食する。オレの分の晩飯はいらん」

 後ろを着いてくるヴィンセントを振り返り、声を掛けた。

「え、あ……」

「ヤブ医者と飲みに行ってくる。おまえは気を付けて帰れよ」

「あ、わ、わかった……あ、あの……」

 何やら言いたげなヴィンセントを放置したまま、携帯でタクシーを呼ぶ。ここはロータリーに近いから、五分も待たずに空車が迎えに来るだろう。

「チミね〜、本当に唐突な人間じゃね〜。まぁ、アレ、困るわなァ、急に」

「今日の診察は終わりなんだろ。男やもめなら別にどこでメシ食ったって変わらんだろーが」

「言葉の悪い男だねェ、チミ。態度も悪いわなァ、コレ。もちろん、チミのおごりだろうね、コレ」

「なじみの店だ。気楽に飲める」

 ちょうどよく車が来たのを確認し、一言だけ、ヴィンセントに「ただの気まぐれだ」と言い置き、オレと医者は車に乗った。

 

 結局、最後まで見送ってくれたヴィンセントが、少々可哀想だったが、クラウドのガキにとっちゃ、邪魔者のオレが帰り際にいなくなったのは、渡りに舟の大ラッキーだったんだろう。

 ヴィンセントの腕を引っ張って、どこかにデートに行こうと、しつこくねだっている様子に呆れた。ったくおまえのために、家の者達は心配しているというのに。

 

 そんな様子をミラー越しに横目で眺め、山田医師は「ヴィンセントくんに渡してやりたまえ」と、胃薬の袋をオレの手に押しつけてくれた。