Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント様」

 彼女の高い声が、ヴィンセントの名を綴った。

「え……あ、は、はい」

「……そうならそうと、最初からおっしゃっていただければよいのに。それともわたくしが、あなた様の嗜好にくだらぬ偏見を持つとでも思われましたの?」

「は……? あ、いや……それは……」

 カァァァとヴィンセントの頬が朱色に染まった。

「あ、あの……やはり女性相手に……言い……にくくて……」

「わかりますわ。ただでさえ、ヴィンセント様は照れ屋さんですものね」

 そう言った彼女の声は、ティファが俺に説教するときのような、あきらめの口調と愛おしみの感情に溢れていた。

「……では、お年上のヴィンセント様が、年若い娘相手に、配慮してくださったと、そういうことなのですわね。ですがお生憎様。同性の恋人がいようとなんだろうと、わたくし、あなた様に対して、色眼鏡で見たりなど決していたしませんわ」

「あ……あの……その……」

「恐ろしいモンスターからわたくしを救い出してくださったヴィンセント様も、こうしてわたくしの気持ちを思いやって、拒絶の文句を口に出せず困惑しておられるヴィンセント様も大好きですわ」

「……あ……あ、ありがとう……」

「……うん。君がこれほど聡明な女性だって最初から、知っていたらね。下手にごまかさないで、率直にいうべきだって、事前にヴィンセントにアドバイスをしていたよ」

 滑り込むように言葉を挟んだのはヤズーであった。

 結い上げた髪をほどいたのだろう。背の中程まで長さのある銀の髪が、ワインレッドのドレスの背を被っていた。

 それに軽く笑みを返し、彼女はあらためてヴィンセントに告げた。

「おやさしいヴィンセント様。つらい思いをさせてごめんなさい。でも、わたくし、やはりあなたのことが大好きですわ。こんなに素敵な恋人とご家族がいらっしゃると知っても尚、あなたのことが好きです」

「…………」

「そして、あなたのような方に恋して、失恋したわたくし自身を、とても誇らしく思いますわ」

 ツンと顎を持ち上げ、真っ正面からヴィンセントを見て、彼女はそう言って退けた。

 選手宣誓のような、キッパリとした物言いであった。

「あ、ありがとう……」

 きっとヴィンセントはそう応えるのが精一杯だったのだろう。

「……ものわかりのいい娘だな。いい女だ」

 セフィロスは彼女をそんな言葉で誉めると、フッ……と笑った。

「だが、ヴィンセントは女がダメだというわけではないらしい。もしかしたら、まだチャンスはあるかもしれんぞ」

 アホか、セフィロス、混ぜっ返すな!!

 俺は心の中で叫んだ。

「……あなた様が……」

「ああ、オレはセフィロス。そしてこいつがクラウドだ。ヴィンセントの……」

 セフィロスがグイと俺を前に出した。

 今だッ! 失恋を認めた彼女に、キツイ言葉を投げつける必要はないが、、きっちり言っておきたい。ヴィンセントの恋人は……

「俺がヴィンセントの……」

「では、セフィロス様!」

 勢い込んで口にしたセリフは、彼女の鋭い声に遮られる形となった。

「おい、ちょっ……」

 ……彼女は初めて涙を見せた。恋を失った女の涙であった。

 さすがにハッとして息を詰める。失恋したのだ。涙を流したとておかしくはない。いや、むしろ自然な感情だろう。

「セフィロス様。どうぞ、ヴィンセント様を大切に。あなたが彼を悲しませるようなことがあれば、わたくし、黙ってはおりませんわよ」

「えッ……ちょっ……」

 オイィィィィィ!! ちょっ……もしかして、この姉さん、誤解してる?

 ヴィンセントの恋人は、セフィロスじゃなくて……!!

「……は? ああ、まぁ、そうだな」

 セフィロスも虚をつかれたのだろう。面食らったように頷いただけであった。さらに言葉を繋げなかったのは、やはり彼女の瞳に浮かぶ涙の粒のせいであったのだろう。

「ではわたくしはこれで。……ここの支払いは済んでいますから。ごきげんよう、皆様」

 そういうと、彼女は舞台女優のように、ドレスの裾をつまむと綺麗に一礼した。

 驚くべきことに、彼女はそのとき、一筋の涙さえもこぼしはしなかったのだ。

 
 
 

 

 

 カツカツとヒールの音を鳴らせ、足早に歩いていってしまう。

 もしかしたら、華やかな引き際は、失恋痛手をまぎらわせるための、彼女自身への演出だったのかもしれない。これまでの彼女の執拗な行動に比して、あまりにもあっけなさすぎる幕引きであった。

 いやいやいやいやいやいや!!

 このまま幕を引かせられるかァァァァァ!!

「お、おい、アンタ! ちょっ……!! ヴィンセントは俺の……」

 彼女を追いかけようとする俺の肩を、セフィロスがガチッと掴み締めた。力任せにグンと引っ張り戻され、すッ転びそうになる。

「よせ、クソガキ。あの女が自分で引き際を決めて、矜持を守ったまま退場したんだ。呼び戻すような無粋な真似をするな」

「ちょっ……だってェェェ!」

「おまえがただでさえチビのくせに、オレの後ろでグズグズしているのが悪い」

 素っ気なくセフィロスが言い放った。

「だって、あれじゃ、名乗り出ていいタイミングがわかんないじゃん! もうッ、なんだよッ! ヴィンセントの恋人は俺なのにッ! あの娘、セフィだって誤解したッ!」

「ク、クラウド……」

 ヴィンセントが小さくたしなめるが、俺的には不満を口にせずにはいられなかった。

「まぁまぁいいじゃない。もう済んだことなんだから、兄さん。……ハァァ〜、疲れたァ〜」

「でも、でもッ」

「彼女にとっちゃ、セフィロスだろうと兄さんだろうと、失恋には変わりないんだからどうだっていいことでしょ。……しっかし、さすがに今回は冷や汗をかいたよ……ホント疲れたァ。台風一過だねェ〜」

 めずらしくも、心底疲れた風な声を上げ、ヤズーがドサリと椅子に座った。

「ケッ、コスタ・デル・ソル中の女と付き合っているからだ。不用意な貴様が悪い、イロケムシ」

「俺はただ来る者は拒まないだけ。それにただの女友達としてしか付き合ってないんだから、おかしな言い方しないでよ。……ああ〜……でも、あの娘の顔を覚えていなかったのは確かに俺の失態だね。ごめんね、ヴィンセント」

「あ、い、いや……」

 未だに夢うつつのようにヴィンセントがつぶやいた。

「ヤズー、僕、お腹空いたよ」

 と、カダージュ。子供は立ち直りが早い。

 俺はまだもやもやとしたものが、腹の中でわだかまっているのに。だが、それを振り切るように皆に呼びかけた。

 

「……ミッション終了!! とりあえず、メシにしよう!」

(納得いかないことはあるけど……)

 ボソッと言葉を付け足したら、後頭部をセフィに殴られた。

 

 ……そんなこんなで、今回の大騒動は決着をみた。

 ヤズーではないが、まさしく台風一過だ。 

 ゾロゾロと連れだって、食事に行き、ヴィンセントの少し寂しそうな……それでもホッとしたような微笑を見て、俺も気持ちを落ち着けることにした。

 やはり、ヴィンセントがこうして安心して笑っていてくれると、俺も嬉しいのだ。

 ふたたび、訪れた『平穏な日々』に、俺はムッと引きつっていた唇をゆるめた。

 

 ……ヴィンセントがおずおずとセフィ相手に、礼を述べているのは不快だが。

 作戦のほとんどは、俺の立案だというのに!!

「クラウド……おまえにもいろいろと迷惑を掛けた。すまなかった……私に勇気がなかったばかりに……さぞかし、歯がゆい思いを……」

「うん。正直、ヤキモチでイライラしてたけど……もう平気」

 ウソのつけない俺であった。

「なーにをいつまでもムッとしてやがるクソガキ。ガキはメシを食って機嫌を直せ」

「うっさいっ! バカセフィ!! ヴィンセントの恋人ぶりっこしてエラソーに!!」

「あの女が勝手に間違えたんだろ。オレ様に当たるな、ボケ」

「あ、あの……セフィロスにも嫌な思いをさせてしまって……本当に申し訳な……」

「やめなよッ! ヴィンセントが謝る必要はないだろッ! いいか、セフィッ! ヴィンセントは俺のだからなっ! 馴れ馴れしくすんなッ! あっ、ちょっ……言った側からくっつくなよッ!」

「ク、クラウド……彼に向かって、そのような言い方は……」

「まぁまぁ、兄さん。終わりよければすべてヨシってね〜 あー、でも、俺もちゃんと女の子の顔、インプットしとかなきゃ〜。反省反省」

「ヤズー! ロッズに電話したよ。ヴィンちゃんにゴハンあげたらすぐこっちに来るって!」

 どれが誰のセリフかわかるだろう。

 セフィのおかげでムカッ腹だが、落ち着きを取り戻したヴィンセントの笑顔に免じて今回は許してやる。

 そうつぶやき、俺は目の前に並べられた料理を、ガシガシと食った。

 

 涙を隠して、出ていった彼女の顔が頭に浮かぶ。

 ……女の子は強い。

 俺にはできない。もしヴィンセントに「一緒にいられない」と言われても、泣いて騒いで縋るだろう。

 

 天に向かって咲き誇る向日葵のようなスカーレット・オハラ。

 ……そんな彼女に、一度だけ、心の中で「ゴメンね」と謝罪した。