Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 

 翌日、一応、ソフトスーツを着込み、ヤツは約束の場所へ出向いていった。

 やや心許なげではあったが、別に取って食われるような相手ではない。それより、どういうアプローチの仕方をすれば、極力、女を傷つけることなく、思いを断ち切ってもらえるかに苦慮していた様子だった。

 

 だが、どうやら相手の女も一筋縄ではいかないタイプだったのである……

 

 

 

「ヴィンセント、だ、大丈夫……?」

 それでも夕方には帰宅したヴィンセントに、イロケムシが心配そうな顔を向けた。落ち着かせるために、ヤツの好きなハーブティを作り、オレも相伴した。

 クラウドが仕事からまだ戻っていないのは不幸中の幸いとも言えるような有様だった。

 

「……ただいま……」

 話しかけられてから、独り言のように声をこぼした。

「はい、お茶飲んで。ゆっくりして。あ、ジャケット預かろうか」

「あ、ああ……す、すまない……何だか心配ばかり掛けて……」

「やだなァ、水くさいこと言わないでよ」

「貴様のことで心配させられるのには、いいかげん慣れた。さて、どうした? 今度はどんな無理難題を言いつけられたんだ?」

 茶化すようなオレの物言いを、ヤズーの野郎が目線で諫めた。

「あ、ああ……あの……クラウドは……?」

「大丈夫だ。まだ戻っていない。今日は少し遅くなるんじゃないか」

「そ、そうか……ふぅ……」

「っていうか、どんな娘? ぶっちゃけ俺、そっちのほうが興味あるんだよねェ。気が強いのは文面から伝わってくるし」

「え……ああ、その……とても綺麗で快活なお嬢さんで……」

「うんうん、それで?」

 自分のカップにも余ったカモミールを注ぐと、ヤツは腰を浮かせてさらに訊ねてきた。

「え、ええと……そ、そうだ。昔見た映画の登場人物に似ている……かな? 『風と共に去りぬ』という作品のヒロイン、スカーレット・オハラ……のイメージだな。ヤズーは知らないだろうか」

「うーん、今度観てみよう。原作があるなら、そっちのほうがいいかな」

 スカーレット・オハラ……か。

 クソワガママ娘だな。とオレは人知れずごちた。好みのタイプではない。

「それで? そのじゃじゃ馬娘がなんだと?」

「あ、ああ。その……私は彼女の思っているような人間ではないと説明したのだが……彼女は自分の気持ちに変わりはないと……確かに、ああいった形で出逢ったことが、大きな影響を及ぼしたかもしれないとはいいながらも、どんな形であれ、知り合うことがあったのなら、必ず私を……そ、その……す、好きになっていたはずだと……」

「へぇ〜」

 イロケムシが感嘆した。それに、耳まで真っ赤になるヴィンセント。

「すごいねェ。本当に想われちゃってんだね〜……」

「……き、気持ちはとてもありがたいのだが……でも……私は……」

「うんうん。もちろん、わかってるよ。ヴィンセントは兄さんのことが大切なんだもんね」

 その言葉に、わずかにためらった後、ヴィンセントは低くささやいた。

「もちろん……クラウドのことは大事に思っている。……でも、ある意味ではそれ以上に……私は今在る家族の形を壊したくはないのだ……」

 びくびくとオレを盗み見て、ヤツは遠慮がちにつぶやいた。

「うんうん。嬉しいこと言ってくれるなァ。同感だよ、ヴィンセント」

「家族だと? ハァ? ったくままごとじゃねぇんだぞ。その中にオレ様が入っているんだじゃないだろうな!」

「え……あ、あの……す、すまない……勝手なことを……」

「あー、もう、この人、素直じゃないからねェ、ヴィンセント。ホントは、あなたにそう言ってもらえて喜んでるんだから。セフィロスの言うことはいちいち真に受けたらダメだよ」

 よけいなことを言ってくれるイロケムシ。

「あ、あの……その……た、確かにセフィロスには迷惑なのかもしれないけれど……私にとってはこの家が……皆が何よりも大切なのだ。この家を守るためならなんでもする。ずっと……君たちの側に居させてもらいたいのだ……」

 辿々しくヴィンセントは言葉を綴った。人一倍の照れ屋で話し下手なこの男にしてみれば、清水の舞台から飛び降りるくらい、勇気の要る発言だったのだろう。

 首筋まで真っ赤に染めて、それでもしっかりとオレとヤズーを見てそう告げた。

「まぁ、アレだ。オレ的には『君たち』っつーのが気に入らんがな」

「もう、ホント、図々しいねェ、セフィロスは」

 メッという雰囲気で、オレ様を睨み付けてから、すぐさまヴィンセントを振り返ると、打って変わってやわらかく微笑み、うっとりとささやきかけた。それこそ、ここに末のガキがいたらヤキモチを妬きそうなほど、熱い視線を送りつつ……

「ああ、でもホント、ヴィンセントって素敵〜。俺、あなたのこと大好きだよ。可愛い……なんて言っちゃうと失礼かもしれないけど、もぉ、食べちゃいたいくらい、愛し〜」

 エロイ台詞を吐きながら、イロケムシはヴィンセントに抱きつき、チュッチュと音を立てて頬にキスした。

「ううん、どうして、あなたが兄さんの恋人なんだろう? もっと別の形で会いたかったなァ。ねぇ、セフィロス?」

「ケッ」

「ヤ、ヤヤヤヤヤヤズー! よ、よしなさい。は、恥ずかしい……」

「どぉしてよ〜、照れることないじゃない。兄さんもいないから殴られる心配もなさそうだしね、うふふふ。うんうん、俺もずっとヴィンセントと一緒に居たいよ。ううん、俺だけじゃなくて、カダやロッズもきっと同じように思っているから」

「あ、ありがとう……そう言ってもらえると……本当に嬉しい……」

 イロケムシの言葉は、オレの想像以上にヴィンセントを喜ばせたようだった。はにかみながらも極上の音楽を聴くような表情を見せ、自らの火照った頬にそっと手を添えてみせた。

「あー、ホレホレ、本題からズレてるぞ。そこまでおまえの心が決まっているなら、何の問題もないはずだろ? 拒絶するのに何を困ってるっつーんだ」

 はっきりしないヴィンセントにオレは言葉を重ねて問いただした。

「あ、ああ……そう……」

 現実に引き戻され、しゅんと肩を落とすヴィンセント。

 オレとヤズーのツラを交互に見ると、ひどく言いにくそうに口を開いた。

「あの……結局……今日は……完全に断ることができなくて…… 言い訳にしか聞こえないかもしれないが、その……泣かれてしまうと、私にはどうしても突き放す真似はできなくて……」

「うんうん。そうだよね、ヴィンセントにはできないよねェ」

「そ、それで……その……あの……」

「それで? まさか、付き合ってやるとでも?」

 ややきつめの口調で、オレが横から口出しすると、ヴィンセントは、

「ま、まさか! そんなつもりではなくて……!」

 と、身振りを交えて慌てて否定した。

「ただ……クラウドが望むような対応……きっぱりと迷惑だとか、二度と連絡されるのは困る……とか、そういう明確な意思表示ができなかったのだ」

「うんうん。まぁ、相手は女の子だからねェ」

「ああ、それも……まだ二十歳前の少女なのだ。本当に……困惑する」

「バーカ。女をナメんだよ。おまえみたいなクソ真面目で純情一直線な男なんざ、簡単に手玉に取る女豹だってたくさん居るんだぞ」

「そ、そんな……だが、彼女はどう見ても良い家のお嬢さんであって……」

「それで? 断り切れなくて、どうなったの、ヴィンセント?」

 ヤズーが先を促した。

 クラウドが戻ってこないうちに、事の顛末を聞き出しておくつもりなのだろう。

「あ、ああ……なんとか家に行くことだけは断ることができたのだが…… きちんと話を聞いてもらえる場所で会いたいと……」

「まぁ、真っ昼間のカフェじゃぁな。人目もあるし、込み入った話はしにくいだろうよ」

「ああ……そうらしいんだ。だから、あらためて、セントラルホテルで会食ということなってしまった……」

「……お見合い、だね」

 ぼそりとヤズーがつぶやいた。

「え、ええ? そ、そんなつもりは全く無くて……ただ、落ち着ける場所ということで……」

「個室取ってるわけでしょ。そんでふたりでお食事……かァ。なんかアブナイなァ……ねぇ、セフィロス?」

「あー、アブナイアブナイ」

 オレはイロケムシに調子を合わせてそう言ってやった。途端に不安げに顔を曇らせるヴィンセント。

「だ、だが……危ないも何も…… ふ、ふつうに昼……だし。私は……男性なのだし」

「うんうん、わかった。まぁ、ヴィンセントはほだされないよう、なんとか頑張ってみて。大切な家族の話だからね。俺たちもあなたに協力するから」

 にっこりと聖母の微笑を浮かべ、イロケムシはそう請け合ったのである。ちらりとオレ様に視線を寄越しつつ……