〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<90>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「……貴方は?」

 ネロが私のほうを見て、訊ねてきた。

 そう……この時点で、ネロは、私のことは知らないのだ。

「……ヴィンセント・ヴァレンタインという」

「ああ、フフ、貴方が。現、軍事部門部門長とやらですね。これはこれは……想像だにしなかった御人だ」

 茶化す風でもなく、ネロはそういった。

 ああ、ネロ…… 目の前に暗闇が降り、頭がクラクラしてくる。

 DGソルジャーがらみのこととなると、どうしても平静ではいられない。

 ましてやジェネシスも、彼らと深い関係があるというのなら、なおさらだ。

 

「……ハイデッカー殿。貴方が私を快く思わないのは勝手だ。だが、此度の一件、修習生を巻き添えにしたという一点において、私は貴殿に同情することはできない」

「……ケッ! ご同情願わなくともけっこうよ! どうせ、ここでおまえらは死ぬんだからな! そして、次はプレジデント神羅、ルーファウス神羅……! あいつらだ!」

 ゲハハハハ!と高笑いしながら、今までまともに対面すらしたことのない、私の元上司はそう言った。

「ハイデッカー殿…… 貴方は……!」

「オイオイオイ、ヒゲゴジラ。おまえ、どっかおかしーんじゃねーのか? 昔から無能なヤツだったが、今みたいなズレた発言はしなかったぜ」

 さも呆れたようにセフィロスがいう。

 いや、彼はハイデッカーをバカにしているのではない。心底おかしいと思って口にしているのだ。

「この……セフィロス! 英雄英雄と崇められて身の程を忘れおって……! いくら英雄視されようと、きさまは、わしの部下だぞ! この小憎たらしい若造が……!」

「悪ィが、俺の上官はヴィンセントだ。もし、テメェが逆恨みで、こいつに手ェ出そうってんなら、容赦しねェぞ」

 凄みを増すセフィロスの声音。もともと彼は好戦的な人物なのだ。そしてハイデッカーのことを軽蔑している。何かあれば即座に刀を抜くつもりなのだろう。

「フフフ、相変わらず自信たっぷりだな、セフィロスよ」

 低い声が暗鬱に響いた。

 ハイデッカーではなく、ホランダーという科学者のほうであった。

「そうだ……おまえは強い。そしてそこにいるジェネシスもな。だが、しょせん、私の『成功作』には敵わんさ……」

「不愉快だ、ホランダー」

 またもや、成功作だの、失敗作だのという、妖しげな文言を操られ、ジェネシスが形の良い眉をつり上げた。

「……では、君たちは、我々をこのまま返さないと……そう言うのか」

 ……確認するまでもないのだろう。この布陣を見れば。

 だが、私はもうDGソルジャーと闘いたくはなかった。ネロにアスール、ロッソ…… 好戦的なツヴィエートらだとて、彼ら本人に罪はない。

 すべての元凶は、人体実験を科学者らに命じた神羅本社…… そして、宝条をはじめとする、倫理観を持たないマッド・サイエンティストらだ。

 作り出された生命体である、ツヴィエートやDGソルジャーが悪いわけではない。

 

 

 

 

 

 

「気に入らんな、ヴィンセント・ヴァレンタイン。悟りきった顔をしおって…… 若造のくせに……!」

 反吐が出る!と、ハイデッカーが毒づいた。

「ツラで副社長に取り入ったか、このタークスあがりの軟弱者が! 貴様のような輩が、軍事部門の長だなどと、片腹痛いわ……!」

 そう叫んで、お得意の高笑いをし始めたとき、彼の行動を鞭のような激しさで叱責した人物がいた。

 それは、ずっと沈黙を守っていたツォンであった。

「……黙れ、この恥知らずがッ! 貴方のような輩に、ヴィンセントを罵る資格はない……ッ!」

「ツ……ツォン……」

 若き、タークスの主任は、握りしめた拳をワナワナと震わせて言葉を続けた。

「ヴィンセントが部門長になったのは、彼の実力と人柄でだ……! この人がどれほど部下のことを思いやり、できる限りの努力をしてきたか……ッ! 貴方のような人間には決して理解できまい!」

「こ、この……ツォン……! わしがあれほど目をかけてやったのに……!」

「目を掛けてやった!? 貴方は部下を手駒としか考えていない。自分に都合の良いように使い、壊れたら治そうと試みることもなく捨て去ってきた。……常におのれの地位を死守するために!」

 いつもは湖面のように涼やかな彼の面が、激情で紅く染まっていた。

「な、なんだと…… この……!」

「恥を知れッ! 貴様が神羅の創世記を、支えたというのが事実であろうが無かろうが、私の知る限り、尊敬に足る行動は一切していなかろうがッ! おのれの立場を守り、私腹を肥やすことばかり……! ルーファウス様が、貴様を切ったことに、ヴィンセントの存在は無関係だ! 遅かれ、早かれ、無能で自己中心的な貴様の地位は……」

「もういい…… よしなさい、ツォン……!」

 私はブルブルと震える彼の腕に、手を添えた。他からの刺激に、彼は、ハッと身をこわばらせた。

「ヴィ……ヴィンセント……」

「もういいから…… な?」

 非道く難しかったが、私はなんとか微笑んで見せた。

 先ほどから激しい物言いで、ハイデッカーを非難しているツォン。……それなのに、言葉をぶつけられている相手方よりも、怒鳴っているツォンのほうが、遥かに苦しそうに見えたのだ。

 私が赴任するまで、ずっとタークスの主任として、部門長のハイデッカーを支えてきたのが彼なのだ。そして、彼自身も多数の部下を持つ……

 間で、双方をとりもつ、彼の苦労は人並みならぬものだったのだろう。いったいどれほどの葛藤があったのか……

 こんな風に激しているツォンを見ているのは、私にとってもつらいことであった。

 

「……ハイデッカー殿。今夜のことは誰にもしゃべらない。だから、引いてくれないか? 私はもう神羅を退くつもりだし、互いに痛み分けということで……」

「何をいうんだ、女神……! 君には何の非もないじゃないか……!」

 ハイデッカーが返事をする前に、ジェネシスが私の言葉を遮った。

「ゲッハッハッハッ! こいつァ、おやさしい女神さまだな! ジェネシスよ」

「黙れこの下司が……! 貴様などに、ヴィンセントを女神と呼ぶ資格はないッ!」

 凄みのあるジェネシスの物言いに、面の皮の厚そうなハイデッカーも、グッとつまった。

「おまえらを生かして返す? ふん…… 勝てる相手をみすみす見逃すと思うか!? なぁ、ホランダーよ。実験体の相手にはちょうどよかろう?」

「ああ、もちろん、私の成功作なら、この程度の輩は……」

「やめろ……ッ! 彼らを物のように扱うな……ッ!」

 たまらなくなって、私は叫んだ。血相が変わっていたのだろう。ぎょっとしたように、セフィロスとツォンがこちらを見た。

「ハイデッカー……そして、ホランダー。おまえたちには私怨があっての行動なのだろう。だが、そこにいる彼らはまったく無関係ではないか……!」

「なんだと……? いいか? こいつらは私の研究の成果で……」

「黙れッ! DGソルジャーだとて感情も意志もある人間なんだ! 何故、彼らが我々と闘わねばならない? 我らが彼らに向かって、武器を突きつけねばならないのだ!」

「うぅ〜 ……黙って聞いておればいい気になりおって、この若造めが! 出てこい、DGソルジャーたちよッ! 選ばれしツヴィエートとともに、こいつらを肉片になるまで切り刻め!!」

 ゲハハハハハ!

 ハイデッカーの高笑いの音をかき消すように、百近い数のDGソルジャーが、地下から這い上がってきた。

 ゾゾゾゾゾ……と床を這いずる音が、気色悪く耳元に忍び込んできた。

  

 ……いわゆる『失敗作』なのだろう。

 彼らの中には、人間の形状を留めていない実験体すらある。

 

 そして、前の前のツヴィエート。

 ……我々は絶対絶命の窮地に立たされたのであった……