〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 ……ああ、日常……

 これが本当の……本物の、私の日常なのだ。

 ジェネシスはちゃんと生きている。こうして、私たちの側に居てくれる。

 あれはあくまでも夢なのだ。……目覚めれば消える夢なのだ。

 

「最初はとても楽しかったのに……」

 寝台の上で、ごろりと寝返りを打って、私はつぶやいた。

 サイドボードには、新しい水差しとグラスが置いてある。微かに色の付いたそれは、たぶん冷たいハーブティなのだろう。きっとヤズーが作ってくれたのだ。

 

 そう……最初あの世界に行ったときは……けっこう楽しかったのだ。

 無愛想で、ちょっと怖いと思っていたツォンは、実はものすごくやさしい人で、私を大切に扱ってくれた。若い頃のレノやルードにも出逢えたのも嬉しい体験だった。

 私の淹れた茶を、美味しそうに飲んでくれて……

 活気あるタークスの本部を見ることさえできたのだ。

 

 ……それから、ソルジャーの人事統括の人と会った。

 名は……ああ、そうだ、ラザードと言っていたっけ。きちんと記憶している。

 ピッシリと三つ揃いのスーツを身につけ、銀縁メガネがよく似合っている、いかにも優秀そうな男だった。

 彼に案内されて、ソルジャーの執務室に挨拶に行ったのだ。そうそう、ツォンが心配して一緒についてきてくれたっけ。

 どうも、ツォンは、ラザード人事統括とは、あまり仲がよろしくないように見えたのだが……

 

 ソルジャーのMTルームで、私はセフィロスとジェネシス…… そして彼らの親友であるアンジールという青年…… ソルジャークラス2ndのザックスに出逢うことが出来た。

 ああ、このときの胸の高鳴りを、私は今でもしっかりと覚えている。

 今より少し頬のラインが緩やかだったセフィロス。背丈は今と変わらず、私よりもずっと大きかったが、どことなく少年じみた雰囲気があった。

 それはおそらく、まだつらい経験をする前の彼で…… またなにより、セフィロスのまわりには、彼を大切に思ってくれる友人たちが居たからだ。アンジール、ジェネシス……そして、ザックス。

 じゃれあうようなケンカは何度も見てきたが、うらやましく感じるほど仲が良かった。

 そして、小さな小さな雛鳥……クラウドの存在。

 この当時の彼は、まったくの子供で…… ちょこちょこと周囲を歩き回っていた。そんな可愛いらしい少年に、セフィロスは特別な感情を抱いたのだ。

 恋煩いで苦しむ彼は、ごく普通の青年に見えた。

 

 ああ、セフィロス。私の膝枕で、目線を合わせず弱音を吐いていた君を、どれほど愛おしく感じたことか……

 

 そして、ジェネシス。

「ふっ……」

 人知れず吹き出してしまう、私は慌てて口をふさいだ。

 彼の私に対する態度は、ある意味、ここコスタ・デル・ソルでの彼とよく似ていて…… そう、最初の時は、私の手の甲に、口づけをくれたのだ。

『出逢えて良かった』

 と言ってくれて。

 ツォンが怒り狂ってしまったが、彼はまったく悪びれることも無く、あっさりと、この私に一目惚れをしたと…… 

 彼は翌日から、美しい花を贈ってくれるようになった。

 私室と執務室には、いつでも美しい薔薇が活けられて、不安だった私を慰めてくれたのだ……

 

 そしてあの夜……

 クラウドらの問題が発生した日……

 何の利害の一致もないのに、ごく当然というように協力を申し出てくれたジェネシス。

 私は前途ある彼の人生を慮り、関わり合いにならないよう忠告したのだ。だが、彼はあっさりと私の提案を却下した。

 利害関係はないなどと言われるのは心外だと…… 私が行くのなら、自分が同行するのはごくあたりまえのことだと…… そう言ってくれたのだ。

 

 彼と寝たのは、それが理由ではない。

 たぶん、私はジェネシスと出逢ってからこのときまで、自覚のないままに少しずつ少しずつ彼への想いを育てていたのだろう。

 あくまでも紳士であった彼は、私に部屋を追い出してくれとまで頼んだのだ。

 自制が効かないと……そう言いながら。

 あのときの私は卑怯だった。彼を部屋から追い出すことなどできない。それならば、このまま…… そんな受け入れ方をしたのだ。

 実際はそうではなかったのだ。

 あのときの私は期待していたはずだ。

『ジェネシスになら触れられてもいい』

 ……いや、もっと積極的な感情だ。

 

 私は触れてほしかったのだ。

 彼の口から私への想いを聞き、長くて形のよい指が、私の頬を……肩を……胸を…… この身のすべてに触れてゆくのを感じたかったのだ。

 

 ようやく私が自身の気持ちに気づいたのは、最期の場所に行ったときだった。

 あの世界での私は、ジェネシスを愛し始めていた。彼の強引さに流されたわけではない。いつでも選択権は私に残してくれる人だったのだから。

 

 私は彼を……間違いなく愛し始めていたのだ。

 

 そっと双眸を綴じ合わせる。このまま眠ってしまうのは少し怖い。

 ここは、コスタ・デル・ソル……だ。

 ジェネシスはちゃんと側に居てくれたではないか……

 そして、ここには私の大切な、大きなクラウドとセフィロス……そして頼りになるヤズーに、カダージュ、ロッズも居る。

 ……大丈夫……だ。

 

 あの夢はいったいなんだったのだろう……?

 手に触れたものすべてが、現実としか思えないリアリティのあった、あの夢は……?

 

 私はゆるりゆるりと頭をめぐらせながら、眠りについた。

 あの蠱惑的な世界を想いながら……

 もう一度……できることなら、もう一度降り立ってみたい、あの世界。そして今度こそ、『失敗』はしない。
 私のこの手で、君を救うのだ。

 ……ジェネシス。

 

 まどろみの中、誰かが部屋に入ってきた気配がした。

 大きな掌が、羽のようにやさしく私の頬を撫で、額に口づけられる。

 

 声を掛けなければと、瞳に力を入れるが、まどろみの心地よさに負けてしまった。

 

 君は……?

 

 と、言いかけたところで、私の意識は途切れ、穏やかな午睡に落ちていった……

 終わり