Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 その後の時の流れは、それこそあっという間だった。

 あの後、俺は顔をぬぐって、ちゃんといつのも格好に着替えてから、シンデレラちゃんのところに戻った。

 ヴィンセントは、明日でいいと言ってくれたのだけど、記憶が鮮明なうちに、彼女に話しておきたいことがたくさんあったからだ。

 

 まずは自分が……つまりシンデレラちゃんに扮したクラウド姫が、どんなキャラクターとして振る舞ったか。あまりにも、ちぐはぐな印象だとまずいかなと思ったのだ。

 物語の結末を知っていれば取り越し苦労だったのかもしれない。でも、それでもやはり、ちゃんと話をしておきたかった。

 そして、レオン……いや、『レオン王子』が、どんな人物なのかを。

 生真面目で誠実で……ちょっと人当たりの不器用な男だけど、すごく素敵な人だと。いい男だと、そう言った。シンデレラちゃんが安心して彼の元に行けるように、何度も繰り返してそう告げた。

「彼は必ず探しにくるから。ガラスの靴をもって、やってくるから。幸せになってね」

 最後にそう言ってから、俺は少しだけ訂正したのだった。

「ううん…… ふたりで一緒に幸福を分かち合って。彼を幸せにしてあげて」

 と。

 たぶん、それは、俺の良心が言わせた言葉だったのかもしれない。

 

 結局その夜は、ずいぶん遅い時刻になってから、ようやく宿に辿りついたのだった。

 足の靴擦れに悲鳴を上げつつ、シャワーでさっぱりと汗を流した後は、ずいぶんと落ち着いた心持ちになっていた。

 あー、なんだか、冷静になると、みんなの前であんなふうに泣きじゃくったのが、恥ずかしくなってくる。ヴィンセントにも心配かけちゃってるだろうし。

 

「あー、さっぱりした! 眠い眠い!」

 そんな懸念から、俺は殊の外、元気にふるまってみせた。

「クラウド…… 大変だったな。お疲れ様」

 ヴィンセントが、聞き慣れた低くてやさしい声でそうささやいた。

「うん。一応上手くいったみたいでホッとしてる」

「ん……」

「えーと、あの、さっきはゴメンね、ヴィンセント」

「なにがだ……?」

「え〜……決まってんじゃん。いきなり、あんなみっともないトコ見せちゃってさ……」

「クラウド……」

 ヴィンセントが悲しげに眉を顰める。

 え?なんでだよ? 別に、今、俺、悪いコトなんて……

「クラウド…… そうではないだろう……?」

 ヴィンセントがローブの衣擦れの音もなく立ち上がった。

「おまえのすることを、みっとないなどと思ったことは一度もない」

「ヴィンセント……」

「素直で気持ちのやさしいおまえのことだ…… つらいことがあったのだろう……?」

 心のに染み渡るようなヴィンセントの声で、ようやく落ち着いてくれた涙腺がまた緩みそうになった。

「さ…… クラウド、もう休もう? おまえはとても疲れているはずだ」

 自分だってヘトヘトのくせに……いつでも俺のことを心配してくれるヴィンセント。

 その夜はヴィンセントと一緒のベッドで眠った。

 ツインルームのベッドだったから、ちょっと窮屈だったけど、むしろそれが互いの身体を密着させてくれて、俺には心地よかった。

 ヴィンセントの細い腕が俺を抱きしめ……そう、まるで真綿にくるまれているような暖かさの中で微睡んだのだ。

 意識を失うまで、ほとんど時間はかからなかったけど、俺は城であったことを、ヴィンセントに話した。たぶん理路整然とした説明はできていなかったろうと思う。

 でも、ヴィンセントは一言も質問を仕返すことはなく、ただ相づちを打ち、俺が泣きそうになると、背中を抱いてくれる腕に力を込めて、話を聞いてくれた。

 ……まるで懺悔を聞く、教会の僧のように……

 

 

 

 

 

 

 みゅあ〜ん! にゅ〜ん!

 みゃお〜ん! にゅんにゅん!

 

「ん〜……」

 にゅんにゅん! にゅんにゅん!

「う〜……ヴィンちゃん、うっさいなァ〜」

 にゃおん!!

 

 耳元で怒ったような鳴き声が響くと同時に、ざらっとした舌の感触が頬を舐めた。

「うう〜ッ! んもうッ!」

「……こらこら、おいで、ヴィン…… クラウドは、疲れているのだから……」

「みゅん!」

 聞き慣れた静かな声が、遠くから子猫を呼んだ。

「…………ッ!!」

 俺は勢いよく起き上がった。

 そこは、あの古めいた童話の宿屋ではなかった。

 自分の部屋の……見慣れたベッド……脱いだ服が床に散らばっている。ヴィンセントが苦笑しつつ、それを拾い集めてくれていた。

「ヴィ……ヴィンセント……?」

「……ああ、おはよう、クラウド。この服は洗濯するから。ああ、起きるのならパジャマもよいだろうか……?」

「え……あ…… う、うん」

「さ……目が覚めたなら、シャワーを浴びてさっぱりしてきなさい」

「ヴィンセント……!!」

 籐のかごに洗濯物を入れていた、彼の肩をぐいと引き寄せた。

「ヴィンセント? あ、あの……」

 まさか……もしかして、あの出来事って夢……?

 俺が勝手にひとりで見ていた夢なの?

 シンデレラちゃんの世界で、レオン王子と……あれは…… 夢……?

 

「そうではない、クラウド……」

 俺の心を読んだようにヴィンセントが低くささやいた。

「え……?」

「こうして、皆で戻ってこられたのは、おまえが頑張ったからだな……」

「え……あ…… 」

「ありがとう、クラウド」

「う、ううん。……じゃ、やっぱアレは本当にあったこと……なんだ」

 この世界での『昨夜』に飲んだ麦茶のグラスが、ベッド横のボードに起きっぱなしだ。

 そいつは少し飲み残しがあって、干上がったりなどはしていなかった。

「あんなに……長い時間、あっちに行ってたはずなのに……」

「ん……一夜の夢……とはよくも言ったものだな……」

 童話の世界とは異なる、まぶしすぎるコスタ・デル・ソルの朝日の中、ヴィンセントの笑顔が溶けそうであった。

「ああ、そうだ、クラウド…… 後で、カダージュに本を見せてもらってはどうだ……?」

 それだけいうと、ヴィンセントは洗濯物を抱え部屋を出て行った。

 

 風呂に入ってさっぱりし、朝飯をしっかり食った後、言われたとおり、カダージュに『シンデレラ』の童話を見せてもらう。

 

 すると、そこには、レオンとそっくりな王子さまの姿と、俺……いや、シンデレラちゃんが幸福そうに寄り添っているエンディングが追加されていた。

 確か、ラストの絵は、シンデレラが靴を履いたところまでだったはずなのに……

 

「不思議だよねェ、兄さん?」

「あ、ヤズー……。うん、まぁ、よかったよね」

「フン、アレだけ努力してやったんだ。上手くいってなきゃ嘘だろ?」

 セフィロスがソファに寝転がったままそう言った。新聞を読みながらどうでもよさそうに。

「うん、そうだよね。……そう、だよね」

 童話のラストで、微笑む彼女と王子様の姿を見ていたら、なんだかあの融通の利かないクソ頑固な、ホロウバスティオンのレオンと会いたくなってしまった。

「あっちのレオンも……童話のレオン王子も幸せになってくれるといいなァ」

「大丈夫だ……クラウド。ちゃんと彼らは幸せに暮らしているはず……間違いない」

 ヴィンセントの細い指が、俺の髪を梳く。

 心地よくてまた眠くなってしまいそうだ。

 

 俺は彼に寄りかかったまま、そっと目を閉じた。

 すると、綴じ合わせた双眸の裏側に、コスタ・デル・ソルの強い日差しが忍び込んできたのだった……

 

 

終わり