〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「おい、本当に体調がよくないなら、医者を呼ぶぞ」

 さも心配そうにそう訊ねる。この家に来てから、オレも大分演技派になった。

「あ、あのッ……ち、違うんだ。大丈夫だ」

「熱があるんじゃないのか?」

 そういうと、オレは身を乗り出し、ヴィンセントの肩を引き寄せ、額に手を当てた。

 たったそれだけの動作なのに、薄い背中がビクンと跳ね上がった。

 雲が流れて、月明かりが強くなる。

 照らし出されたヴィンセントの瞳は熱を持ったように潤んでいた。もともとコイツの瞳は深いワイン色なのだ。そこに水気が溜まると、まるで血の涙を含んでいるかのように見える。

 温かみをまるで感じさせない肌の色と血の色の瞳のコントラストは、ただでさえ常人離れしたこの男の外見を、本当に人為らざる者に見せるのだ。

 だが、そう言って誉めても、こいうはまずまともに理解しようとしない。下手をすれば、『常人離れ』という単語だけ取りだして、落ち込んだり悲しんだりする始末だ。

「目が熱っぽそうだな。まさかそれなのに風呂なんぞ入ってきたのか? よけいに容態が悪化するだろ」

「セ、セフィロス……あ、あの……こ、これは……」

 必死に抗弁しようと頑張っているようだが、ヴィンセントはきゅっと唇をかみしめた。

「ち、違うんだ。あ、あの…… 君……笑わないで居てくれるか?」

 この時点ですでに吹き出しそうだったが、オレはいかにも心外という表情を作った。

「笑うわけねぇだろ。オレはおまえを心配してるんだ」

「セフィロス……」

 漫画ならば、ヴィンセントのバックに『ジーン』の書き文字が入るところだ。

 単純なこいつはすぐにオレの物言いを信用してしまう。

「理由があるなら言ってみろ。だがもし本当に体調不良なら、明日医者に連れてくからな」

「……あ、あの……その……」

 ひどく言いにくそうにしていたが、覚悟を決めたのだろう。普段から表情の乏しい奴だが、今日は別事情だ。それだけを眺めていても面白いくらいに。

「実は、これは、く、薬の作用で……」

「薬?」

「その……この前、クラウドが持って帰ってきた薬があっただろう?」

「薬…… ええと、なんだったかな」

 わざとらしくとぼけるオレ。

「あ、あの……クラウドがWROから……」

「ああ、あれな。興奮剤だったか。だがクラウドのガキにはてんで効かなかったらしいが」

「そ、そうなんだ。だから……大した効果はないのだと思って」

 目線を逸らせつつ逡巡する。

「その……ちょっと出来心で、私もひとつ飲んでみたんだ。そ、そうしたら……あの……」

『出来心』という表現も可笑しい。

「…………」

「セ、セフィロス……呆れているのか?」

「いや…… 少し驚いた。じゃあ、この有様は……」

「ク、クラウドは何ともないと言っていたけど……なぜか私にはひどく効いてしまって……苦しいんだ」

 ようやくそこまで告白すると、彼は自分の身体を抱きしめるように、腕を回した。

 

 

 

 

 

 

「さ、さっき、落ち着こうと思ってシャワーを浴びに行ったんだが、やはりまだ……」

「…………」

「セ、セフィロス……?」

「……フッ ……プッ……アッハハハハハ!」

 とうとう限界が来てしまった、こいつが深刻になればなるほど、可笑しくて、可笑しくて。どんな表情で、サプリメントを口にしたのかと想像すると、笑いが止まらなくなった。

「アッハハハ! わ、悪ィ。つ、つい……」

「…………」

 じっとりと恨みがましい眼差しでオレを睨む。

「お、おまえ……おまえ、本当に面白いな。年長面で分別があるのかと思えば、いきなり突拍子もないことをしやがる」

「〜〜〜〜」

 ヴィンセントは無言のままオレを見上げた。だが、もともと生っ白い優男なのだ。表情も乏しいため、少々睨み付けられようとも何とも思わない。

「お、おまえ、ハハッ、なんでそんなもの飲んだんだ? ただの好奇心か?」

「セフィロス、笑わないって……」

「ああ、悪い悪い。あんまり可笑しいもんだから、ついな」

 クッとヴィンセントの喉が鳴った。大きな紅い瞳にじわじわと涙がにじんでくる。

「ウ、クラウドは何ともないと……言っていたし。ただ元気が出ると……」

「おまえなァ、元気は元気でも、いろいろな元気があんだろ?」

「よ、よくわからなくて……」

「最年長なのに?」

「そ、それは……その……」

「いいじゃねーか。そんなに深刻にならなくても。むしろ今の状態を楽しんでみたらどうだ? そうだ、クラウドの相手でもしてやったら、きっと喜ぶ……」 

 そこまで言って言葉を途切らせた。

 ヴィンセントが背中を微かにしゃくりあげていたのは、興奮剤の影響かと思っていた。だが、それはそうではなくて……

 わずかな間隙の後、ヴィンセントは泣き出した。

 いつもの、しくしくという涙をすするような泣き方ではない。ひっくと大きく身体を引きつらせると、ワーッ!とばかりに泣き出したのだ。

 あっけにとられ固まるオレ。

 だがヴィンセントは、両手で顔を覆い、ワンワンと声を張り上げて大泣きする。

「お、おい!?」

 ハッとして座り込んだ彼に声を掛ける。だが、ヴィンセントは顔を上げることさえせず、ひたすら泣くのだ。

「おい、泣くな、オレが悪かった」

 ヴィンセント相手に、こんなふうに謝るのは滅多にないことだ。

 だが、それにも関わらず彼はひたすら泣き続けた。まるで幼いころのクラウドのように。

「おい、よさんか! 他の連中が起きてくるだろ!」

 こんな場面、イロケムシ辺りに見られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。

 普通に闘うのなら負ける気はしないが、あの野郎は尋常では考えられないような手段を用いる危険性がある。

 それにジェネシスだ。あいつの『女神信仰』は半端じゃない。ヴィンセントが泣き喚いているところなんざ見たら、いったいどんな行動を取ることか……

「チッ……厄介な奴だな!」

 オレはヴィンセントの腕を掴んで立ち上がらせると、有無を言わさずオレの部屋へ運んだ。自分で歩こうとしないから抱き上げてだ。

 その間も、相変わらず声を上げて泣いているのだ。まるで小さな子供に戻ってしまったかのように。

 今のうちに断っておくが、コイツ相手に変な真似をするつもりは皆無だ。

 ただ、声の響く居間に放置しておくわけにはいかなかったから。