とある日常の風景。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント〜
<夜の部>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

18:30

「ヴィンセント、ごめん、ローブありがと」

「いや……」

「なにしてんの?」

「夕食の仕度だ」

「あぁ、そういや腹減ったよな。昼飯軽かったから」

「……すぐに出来る。座っていろ」

 こちらを見ずにそういう。帰ってきてそのまま冷蔵庫の整理をすませ、食事の支度を始めたのだろう。結局、休みなく立ち働いているのだ、コイツは。

 

「そんな、急がなくっていいって。それに疲れてるときは、デリバリーでもなんでもかまわないんだからさ」

「……今日は昼食も外食だったからな」

「あ、うん。俺はウチの飯のほうが好きだけど……でもさ、ホント、無理すんなよ? アンタ、もともと丈夫ってタイプじゃないんだしさ」

 俺は言った。一緒に旅をしていた頃から思っていたことだが、ヴィンセントはひどく食が細い。女性陣のほうが遙かによく食べているくらいだ。その結果、あたりまえのことだが、身長は俺よりも高いものの、身体のつくりは華奢で見ている方が不安になる。

 

「何をいきなり……以前は共に旅を続けていたのだぞ。それに比べれば、ここに来てからはずいぶんと平安な日々を送らせてもらっている」

「……まぁ、そう言ってもらえると、無理にでも引っ張ってきたかいがあったってモンだけど……」

「ふふ……」

「笑うなよ、迷惑だって断られたらどうしようかと思ってたんだぞ。立ち直れないかもしれないって」

 俺は本音を吐いた。

「なにを……馬鹿なことを……」

「本当だってば。俺、そんなに余裕あるわけじゃないんだからな」

「……私のような人間が……おまえに逆らえるはずがないだろう」

 思わずドキリとする。ヴィンセントの言葉は端的だが、受け取りようによっては深い意味が込められているようで困惑してしまう。

「ちょっ……なんだよ、それ。まるで俺がいつもアンタに無理強いしてるみたいじゃないか。いや、まぁ、ちょっとは……少し、というか、時たま、そうかも知れないけど」

 言ってて、やはり俺はヴィンセントにずいぶんとひどいことをしているような気分になってきた。

 一緒に住んでいても、彼の方から、俺にリアクションを起こすことは本当に少ない。言葉を掛けてくることすら稀なのだ。どうしても、何に置いても(言葉にし難いことについても)俺のほうから、コトを起こさざるを得ない……というか、起こすのだ。

 

「これでよし……」

 人の気も知らずつぶやくヴィンセント。独り言をいうなら、もっと俺に何か話しかけてくれ。

「できたのか?」

「ああ、後はこのまま火に掛けておけばいい。弱火でしばらく煮た方が味が良くなる」

 何を作っているのか知らないがヴィンセントはそう言った。

「そっか、じゃ、俺、火見てるから。風呂入ってこいよ。さっぱりしてからメシ食いたいだろ」

「……あ、ああ、それはそうだが……」

「そんな不安そうな顔するなって、大丈夫だよ、火加減見てるくらい」

「わ、わかった……じゃ、クラウド、よろしく頼む。ごく弱火にしてあるから、吹きこぼれることはないと思うが、もし……」

「わかったわかった。うまくやっとくから、ほら、早く入ってこい」

「では、たのむ……」

 ヴィンセントが浴室に姿を消すと、俺は椅子を持ってきてコンロの前に陣取った。この状況なら失敗はないはずだ。

 

 

19:00

 彼の言ったとおり、よく煮込むことで味がでるのだろう。鍋からはよい香りがしている。

「……なに作ってるんだろうな。もらってきたカツオ使ってんのかな」

 恥ずかしながら、俺に家庭料理の心得はない。神羅時代の教育で、サバイバル料理ならば可能ではあるが。

 つまみ食いをするつもりではなかったが、ちょっと中身が見たくなった。

 

「……カニ? へぇ、エビも入ってる、ああ、そういや買ってたな……ベースはトマトスープか?」

 確かめるか!という、おかしな大義名分と、好奇心と食欲でもって、俺はスプーンで一口スープをすする。具に手を出さないのは良心だ。

「わ……うまっ……これ、カニ味噌溶かし込んでるのかな……いい味……ホント、料理人かよ、アイツは……」

「……クラウド」

 独り言をつぶやいている危ない俺を、ヴィンセントの声が振り向かせた。

「わっ! は、早かったな! いや、ゴメン! ちょっと味見てみたくて」

「……いや、そんなことはかまわないのだが……ふふっ」

「な、なんだよ」

「おまえでもそんなことをするんだな。……子どもみたいだ」

「わ、悪かったな! いや、でも、これ美味いよ! 尊敬するよ、ヴィンセント!」

「口に合うのならばよかった……」

 おきまりのセリフを、いつも通りにつぶやくと、ヴィンセントは食器を出そうとした。その手にさっきの指輪が収まっているのを見ると、なんだか嬉しくなってくる。

「あ、俺、テーブル拭くな。後、スプーンとナイフ、フォーク……と」

「ナイフはいい」

「わかった。あ、ねぇ、そういやカツオは?」
 
「新鮮だし、サラダに使ってみた。口に合うといいが……」
 
「合う合う」
 

 そうして俺たちはようやく夕食にありついた。

 

 

23:00

 めずらしいものを見た。いや、『観た』

 ヴィンセントがあくびをしたのだ。小さなあくび。

 普段、あまりにも人間的な仕草が少ないため、こんな些細な事柄で、思わず感動を覚えてしまう。

「……なんだ、何を見ている?」

 そう声をかけられて、俺はハッとした。まさかよだれを垂らすような無様なマネはしていなかろうが、最近自制心が弱くなった気がする。

「いや、まだそんなに遅くないけど、そろそろ休もうぜ」

「ああ、そうだな」

 ぼんやりとした面持ちで彼は頷いた。

「今日はひっぱり回しちゃったからな。疲れてるだろ」

「……いや、そんなことはない」

 頑固にも彼はそう言うのであった。

「無理するなよ。アンタがあくびすんの初めて見た気がする」

「…………」

「さ、シャワー浴びなおしたとは言っても、冷えるぜ、ほら行こう」

「……疲れたんじゃなくて……」

 ぼそりと低い声が言葉を綴る。

「今日は……驚くことや嬉しいことがあったから……」

「…………」

「だからか……心持ちがいつもと少し異なるようだ……」

「ヴィンセント……」

 思わず表情をのぞき込んでしまう。すると彼はいささか恥ずかしげに顔を背けた。

 そんな彼の細い顔をぐいとばかりに押さえつけてしまう。彼は少し驚いたようで、血の色の瞳を微かに見開いた。

「もう、そっぽ向くなよ!……な、ヴィンセント、俺アンタのこと大好きだからな。アンタが喜ぶことなら何でもしてやるよ。俺にできることならなんでもさ。だから、アンタ、もっとワガママ言っていいんだよ。好きなこと言っていいんだってば。もっともっと俺に甘えろよ、俺のこと頼りにしてくれていいんだからさ」

 言葉を綴るうちに、それだけではとても足りない思いがこみ上げてくる。俺はいつもするように、彼の頭を抱え込むと、ぐりぐりと頬をこすりつけた。

「……私は……今、とても安心している」

「うん?」

「おまえの傍らは、なんて心地よいのだろうな……」

 ああ、本当ならば、俺より30も年上の人間のはずなのに。

 この込み上げてくる、口にすることさえはばかられる、愛おしさは何なのだろうか。

「さ、もう寝よ、ヴィンセント」

「……ああ」

「一緒に、な?」

「…………」

「ああ、平気平気、今日はなんにもしないよ。ただなんとなくアンタと一緒に居たいだけ」

「……ああ」

「ふふ」

「……クラウド」

「うん?」

「……ありがとう」

 

 ……ありきたりの一日が……なにかの記念日になりそうだ……


 
 
 
 
 
 

 終わり