とある日常の風景。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント〜
<朝の部>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

10:00

 起床。

 ……遅いよな。わかってる、わかってるんだけど……寝坊した。

 夜更かししたわけではないのだが。

 俺は大急ぎで起きると、洗面所に行く。腹も減っているし、やはり俺よりずいぶんと早く起きているであろうヴィンセントの手前、さすがにバツが悪い。

 

 

10:10

「おはよ……ヴィンセント、ごめん、寝過ごした」

 俺は言った。案の定、ダイニングテーブルの上には、きちんと準備された朝食にナプキンがかけられている。きっと冷め切ってしまっているだろう。

 なんとなくヴィンセントの表情も暗いカンジだ。

 俺がさらに謝罪の言葉を述べようとしたとき、ヴィンセントが口を開いた。

「いや……かまわない。具合が悪いのではないかと案じていただけだ……声をかけようかとも思ったのだが、よく眠っていたし……」

 いつもの低い、ボソボソとした声でそんな風に言ってくれる。

「ヴィンセント……」

「なんだ?」

「ヴィンセントって、やさしいよなァ……」

「……? 何がだ?」

 言われている意味がわからないのだろう。不審そうな面もちをしている。

「……ヴィンセント、可愛いなぁ……俺、ホント、あんたのこと好きだよ」

「??」

「もう、その『??』って、自分の良さがわかっていないところが……俺、アンタのこと大好きだからな、一生、ここにいろよな? 俺の側にいるんだぞ?」

 たまらなくなって、ぎゅうぎゅうと骨張った身体を抱きしめてしまう。椅子に座ったままのヴィンセントの髪に顔を埋め、額の、髪の生え際に口づけを繰り返す。

「……起床してくるなり、何なのだ、おまえは……」

 口調は変わらないが、いきなり抱きつかれて困惑しているのだろう。オドオドと俺の手を外そうと試みる。しかし残念ながら、腕力は俺の方がはるかに強い。

「ク、クラウド……?」

「なんにもしないよ。ただこうしてギューっとしたいだけ」

「……? クラウド?」

 されるがままの姿勢で、不思議そうに俺を見上げる

「なんか俺、アンタと居るようになってから、よくこういう気分になるんだよね。何ていうか、もう……ホント、好きだよ、ヴィンセント」

「あ、ああ……ほ、ほら、放せ。……食事を温める」

「ねぇ、ヴィンセントは? 俺のこと好き?」

「え? な、なにを……?」

「ねぇってば。俺のこと好き?」

「ク、クラウド、よさないか……子どもじゃあるまいし」

「いいだろ、たまには言ってくれたって。聞きたいんだよ、アンタの口から、俺のこと好きだって」

「…………」

「ヴィンセント、俺のこと好き?」

「あ、ああ」

「ちゃんと言ってよ。そしたらメシ食うから」

「……クラウド?」

「早く」

「……わ、わかった。その……わ、私は、クラウドのことを……あ、愛している。これでいいのだろうか……?」

「愛してる、ね。うん、『好き』よりそっちのほうがヴィンセントらしいね。なんか得した気分」

「え……? あ、いや……」

「うんうん、俺も愛してるよ、好きだよ、ヴィンセント」

「……気が済んだなら、食事をしろ。スープを温めてくる」

「うん」

 こんなどうしようもないやり取りで、今日という日は始まった。

 幸先の良さそうな一日のスタート……のはずだったのに。(ちなみに、今日は休みだ。急ぎの仕事は入っていない)

 

 

11:00

 トゥルルルルル……

「あ、電話かな」

「ああ、いい私が……」

 ヴィンセントが受話器を取る。人見知りの激しい彼は、あたりまえのように他人と会話するのも苦手なのだ。だから電話もなるべく俺が取るようにしていたのだが、生活のためにデリバリーサービスを始めるようになってからは、彼もずいぶんと人慣れしてくれた。

「……はい」

 到底、愛想のいい声とはいえないが。

 俺は仕事の依頼かと思い、なんとなく聞き耳を立てながら、コーヒーを飲む。

「あ、ああ、別に……そ、そうなのか? いや、私は……そうだな」

(ヴィンセント? 誰だよ)

「ああ、ちょっと待ってくれ……クラウドに代わる……」

 そう言うとヴィンセントは、俺に電話をよこした。

 

「……俺だけど?」

『おう! クラウドか? なんだよ、別に代わんなくてもいいっつったのに。よぉ、元気かよ』

「あ、ああ、シドか、久しぶりだな」

 受話器の向こうの相手は、めずらしくもない人物であった。もっとも言葉を交わすのは数ヶ月ぶりだが。

『おう、今からそっち寄るからよ。出かけんじゃねーぞ』

「は、はぁ?」

『ちっと近くまで来てんのよ。ユフィのガキとナナキも一緒だ。そうそう三人だよ』 

「いや、ちょっ……待てよ、おい!」

『ぐだぐだ言ってんじゃねーぞ! あー、道混んでやがるから、あと、二、三時間はかかりそうだなァ! ったく飛行艇にすりゃよかったぜ』

 どこまでも人の話を聞かない男だ。

「シド? おい!」

『おーう、そんじゃーな! また後でな! そうそう、悪りぃけど、今夜ァ泊めてくれよ、なぁに、寝れりゃどこだっていいのよ。そんじゃ、あの辛気くせータークス野郎にもよろしくな!』

「泊めて……って、おい!シド!」

 ガシャン!

 と、電話は一方的に切れた。

 

 

11:15

「ったく、シドの奴、相変わらずだな……」

 俺は悪態をついた。

「クラウド……?」

「いや、なんかよくわかんないんだけど、今日来るらしい。ユフィとナナキも一緒にな」

「あ、ああ、そうか」

「ったく、本当に人の話を聞かない奴だ」

「シドたちが来るのか、会うのは久しぶりだな」

 めずらしくも微笑を浮かべて、ヴィンセントはつぶやいた。

「……なんか嬉しそうだな、ヴィンセント」

「い、いや、別にそういうわけではないが……電話はよくもらっていたが、会うのは久方ぶりだから……」

 電話はよくもらってた? そうなのか?

 なじみの相手とはいえ、俺は、やつらと話すのは、大分久しぶりのことだぞ。

「なんだよ、そんなに電話してくるのか、あいつは……」

「え? あ、ああ、シドと……ユフィ、ティファはよくかけてくるな。特にユフィは用もないくせによく電話してくる。なに……話すのは取り留めもないことばかりなのだが……年頃の女性というものはああいったものなのか……」

 などと、妙に感慨深げにつぶやくヴィンセント。やはりどこかズレている。

「なんだよ、あいつら。俺にはよこさないくせに!」

「……かかってきても、クラウドは邪険にするだろう」

 おずおずと、それでもヴィンセントは非難がましくつぶやいた。

「フン、まぁ、来るってんだから、仕方ないな。ヴィンセント、あんまり気ィ使うなよ。アンタは人が良すぎるんだよ。嫌なことはイヤって言っていいんだからな」

「え? あ、ああ」

「あーあ、今日はゆっくりふたりで過ごせると思ってたのに」

 俺は憎まれ口を叩いた。半分本心、半分言ってみたかっただけ、だ。彼の反応を見てみたかった。

「……そうだな。私も少しだけ残念だ」

「ヴィンセント〜」

 椅子に座った壊れた人形のような彼に、俺は頬ずりした。やわらかな黒髪の感触が心地よい。こんな真似、女子相手でさえ、したことがないのに、ヴィンセントのことは、とにかく手を出して可愛がりたいという、一種の小動物に対するような気持ちがある。

 もちろん、彼のことを犬猫と同一視しているわけではない。だが、子猫や小鳥などに感じる、無条件の愛しさ・可愛らしさと同じように、ヴィンセントの有り様そのものが、ただひたすらに愛おしくてならないのだ。

「……クラウド、彼らはいつ頃到着するのだ?」

 困ったように俺の手を外しながら、ヴィンセントが訊ねた。

「えーと、道路が混んでるって言ってたな。あと二・三時間ってとこらしい」

「そうか……では、13時過ぎといった頃合いだな。昼食の支度をしておこう」

「いやいやいや、いいだろ、そんなに慌てなくたって。ふつう、やっかいになるほうが手みやげ用意してくるモンじゃないのか? メシなんてデリバリーでかまわないぞ」

「それは……だが、せっかく顔を見せてくれるのだし」

「ま、アンタがもてなしたいっていうのを邪魔する気はないけどさ」

 さすがに子供じみた態度かとは思ったが、ついつい俺はそんなことを言ってしまった。

「クラウド……」

 困り顔のヴィンセント。

 ああ、俺は本当に心が狭い。大切にする、守ってやるとはいいながらも、これでは単に独占欲の強い子どものわがままだ。

「ごめん、ごめん、そんな顔するなよ。いや、ついさ。ヴィンセントが嬉しそうだからヤキモチ焼いただけ」

 ヴィンセント相手なら、普段は到底口にできない、こんな素直な言葉がこぼれ出る。

「そんな……やきもちなんて……」

「俺、独占欲、強いみたい。特にアンタについては」

「クラウド……」

「ね、キスしていい?」

「……え?」

「キスさせてよ。ホントはその先もしたいけど、キスだけでガマンするから」

「クラウド……」

「ね?」

「…………」

 落ち着かなく目線を泳がせるが、やがてあきらめたのか、小さなため息をついた。俺は細い肩に手を置くと、耳元でささやいた。

「目、閉じないでいてくれる? ヴィンセント」