〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<40>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

「……ネロ。約束は守ってくれたのだな」

 私たちはまだ、先ほどの部屋で言葉を交わしていた。

 無機質なコンピューターに埋め尽くされた、その部屋で。だが、異なるのは、すべてのコンピュータに張り付いていたDGが、数名を残して退室してしまったことであった。

 もちろん、私の監視として付いている、二名の近侍は少し離れたところで控えていた。

「二度と彼に手は出さないな?」

「……ごらんになりましたでしょう? ちゃんと解放しましたよ。容姿が似ているだけでなく、中身も好ましかったのでお誘いしたのですが、あっさりと断られました」

「当然だ。彼には彼の生活がある。 ……ネロ、帰途に着くところを襲ったりなどは……」

「やれやれ、信用のないことですね、ヴィンセント・ヴァレンタイン。貴方が逃げようとさえしなければ、あの人の身柄は安全です」

 独特の言い回して、私のフルネームを綴ると、彼は細い両の腕を持ち上げ、皮肉に笑った。

「……さきほども言っただろう。彼は何の罪もないごく普通の人間なのだ。こんなことに巻き込まれ、取り返しのつかないことになるなど許されるはずがない」

「貴方はよくその言葉を使いますね。『許される』だの『許して欲しい』だのと……」

「………………」

「いったい誰に許しを乞うというのです? そもそも『許し』など、他者が他者に与えられるものなのですか? いえ、なにより『許された』なら、罪が消えるとでも?」

「……そうは……言わない」

「ならば、無意味なことです。別にあなたは誰に許しを乞う必要もない。……そう、僕もね。自分のしていることを誰かに許されようとは考えても居ません。……今も昔も」

 ネロにしてはめずらしく、言い募るような早口であった。

「……ネロ。セフィロスを含め、三人がこちらに向かっているはずだ。君の指示で」

「ええ、別に連れ立って来いとはいいませんでしたが、勝手に赴いたようですね。……偽物のエンシェントマテリアを持って」

「…………」

「で? それがどうかしたのですか?」

「……彼らは今、どこにいるのだろうか」

 私は静かに尋ねた。

 セフィロスたちは、支配人と引き替えにマテリアを持参したはずだ。家で漏れ聞いたネロと彼らとのやり取りの中で、すんなりこの場所に通されたとは思えなかったが、せめてどういう状況にあるのかくらいは知っておきたい。

「……おまえが必要なのはエンシェントマテリアなのだろう? ならば、彼らを呼びつけても無意味だ。……そうだろう?」

「……あの人たちは、僕の迷路の中で遊んでもらっていますよ。そろそろゲームスタートから一時間……」

 言いながら、ネロは横長の巨大モニターの前に歩いていった。

「ほぅ、さすがにただ人ではない。思ったより進んでいるようですねェ」

「……? 迷路? なんなのだ、それは」

「ほんの遊び心ですよ。……ただで交換に応じてもつまらないと思いましたのでね。少し楽しんでもらおうと考えました」

「………………」

「そんなに睨まないで下さい、ヴィンセント・ヴァレンタイン。……綺麗な顔をしているのに……もったいない」

 彼のくせなのだろう。

 やや大げさに、両手を広げて見せると、困惑した風に作った顔を、軽く左右に振ってみせた。

「……彼らに手出しはしないでくれ。そこまで願うのは欲が多すぎるだろうか」

「貴方を自由にするのは、彼の身と引き替えだというお話ですが」

「……わかっている。だが……無意味だろう? 用があるのは私になのだから……セフィロスたちは無関係ではないか」

「無関係……?」

 その言葉をことさら強調して復唱すると、ネロは形の良い唇をクッと持ち上げた。そのまま引きつった嘲笑を吐き出す。

「無関係ですって……!? 以前の一件で、我々にどれほどのダメージを与えてくれたか……覚えてもおられないのでしょうか?」

「そ、それは…… だが、うちの者たちが、望んで手を出したわけではない。あくまでも私を守ろうとして……」

「そう。貴方のためだからこそ、ですね」

「ネロ……」

「カオスを宿す貴方を守り、オメガと僕の思念を受け止めた兄さんを、持てる力のすべてで止めようとした。そうでしたね?」

「あ、ああ……だから……」

 尚も言葉を重ねる私を、ネロは冷ややかに遮った。

「……それはそちら側の都合です。貴方がたが我々の行為を阻止しようとしたことを、否定するつもりなど最初からありません」

「ネ、ネロ……」

「僕はね、ヴィンセント・ヴァレンタイン。貴方に対しての恨みなど何一つないのですよ。貴方は我々とは別の環境で生きてきて、貴方独自のものの考え方もあるのでしょう。カオスを引き受けたことも、自らの意志ではないようですし」

「………………」

「結果的につらい思いをされている。その境遇には同情の余地もあります」

「……私のことではなくて……」

「そう、貴方の周囲の方々のお話でしたね。……ですから、ヴィンセント。僕はずっと貴方を欲しています。いつでも受け入れる心の準備があります。……あやつらなどよりも僕たちの方が近しい存在のはずです。そうではありませんか?」

「……だが……」

「しかし、奴らが貴方に付きまとい、貴方の心を惑わす。……取るに足らぬありきたりの生を強いる」

「それは違うッ!」

 小さな声で抵抗を試みていた私が、唐突に怒鳴ったせいだろう。ネロは呆れたように眉を持ち上げた。

「それは……違う! 静かに……ごく普通に生活したいと願っているのは私自身だ……! 彼らは私の気持ちを知っているから…… だからこそ、そこから無理やり連れ出そうとしたおまえたちを攻撃したのだ。彼ら自身の望みであったわけではない。私のささやかな願いを叶えるために……」

「もう結構」

 そう突き放した彼の声音は、氷のように冷たかった。

「……おまたせする間、おしゃべりでもと思いましたが、不快になっただけでした」

「ネロ……」

「やはり最初から感じたとおりでした。周囲の者どもは貴方にふさわしくない。貴方は惑わされているだけだ。……いずれ、僕を選んでくれるであろうと、時を待ちましたが無駄だったようです」

「…………」

 私は黙したまま、ただ頭を振った。

「つらいことですが……万一、貴方が僕を選んでくれたとしても、悲しい結果に終わるかもしれませんから…… よしとすべきなのかもしれませんね」

 フッと目線を逸らせ、彼は低く笑った。

 それは、私の体内からエンシェントマテリアを摘出した際、必ずしも無事であるとは限らない……それをふまえての発言だろう。

 私は小さく息を吐き出した。