墓 参
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

「……セフィロス。すまない、待たせてしまって」

「あ? 別にかまわん。オレにとっちゃ遅い時間じゃないからな。ではオレも風呂に入ってくる」

「あ、ああ」

「おまえ、それ、ちゃんと食っとけ。明日もまた例の洞窟まで行くつもりならな」

 食の細いヴィンセントに、テーブルを指さしビシッと言ってやる。そうでもしないと、二、三口、手をつけただけで十分だなどと宣いそうだったから。

「あ、ありがとう。すまない、手間を掛けさせて……」

 ヤツの礼の言葉を最後まで聞くことなく、オレはさっさとバスルームに足を運んだ。

 ヴィンセントはおとなしく、テーブルに付き、ルームサービスに手をつけたようだった。

 乱暴に服を脱ぎ、頭から一気に熱いシャワーをぶっかける。

 ふと思いついて、ヴィンセントの座っているだろう室内に顔を向ける。もちろん、こちらから向こうの様子はうかがえないが、マジックミラーになっているあっちからは見えているはずだ。

 わざとらしくニッコリと笑って手を振ってやると、ミラー越しにガシャガシャと物を取り落とす派手な音が聞こえた。

 ……まったく飽きない野郎だ。

 

 さっさと昼間のホコリを洗い流し、ゆったりと湯に浸かった。

 ちょうど良い湯加減で、疲労した足や肩にじんわりと染みてくる。ラブホの風呂は、湯船でもちょっと遊べるように浴槽が広いのだ。これはなかなか気分がいい。

 おんぼろホテルだと、この辺りに金が掛けられていないのが不満なのだ。

 そっと双眸を綴じ合わせると、控えめなライトの明かりが瞼に忍び込んでくる。

 

 ……気が立っていたわけではなかったのだが……

 クソ……さっきは失敗した。

 もちろん、あの水晶の洞窟での話だ。

 我ながらつまらんダベリをしたもんだ。オレ自身についてのわだかまりは、もう割り切ったと思っていたのだが…… 残留思念とはいえ、元凶の女がそこにいると感じたら止まらなくなった。

 オレはそう人間のできている男ではない。きっともし生身のその女が居たら、一刀の下に斬り捨てていただろう。

 だが、何より不快だったのが、ヴィンセントがその女をすでに許していることだった。それどころか、「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。

 ヴィンセントがルクレツィアという女科学者を心から愛したのは事実なのだろう。だが、その愛に、バカ女は一体どんな応え方をしたというのだろうか?

 それが許せなかった。

 あのヴィンセントに愛された女のくせに…… 多少頼りなくとも、生真面目で誠実で素直なコイツに想いを寄せられていたのに…… 

 その気持ちに気づいていたくせに、おぞましい人体実験におのれの肉体を提供した魔女だ…… あの女は!

 ヴィンセントが礼をいうに値しない下賤の輩なのに……!!

 それが何より不愉快だったのだ。

 

 ふぅと大きくため息をはき出すと、勢いを付けて起き上がった。

 こんなくだらんことをグズグズと考えながら浸かっていたら、きっとのぼせてしまうだろう。

 脱衣所で髪を乱暴に拭き、一番大きなサイズのローブを引っかけると部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

「……おい、どうした? ああ、そうか」

 一旦問いかけて、言われる前にすぐに気づいた。さっきのマジックミラーショックがヴィンセントを襲っているのだろう。

 テーブルの上には、いかにも食べかけたが手を着けられなくなったという様子で、ナイフとフォークが放置されていた。

 ヴィンセント本人は顔を濡れタオルで押さえていた。

「おいおい、ただのお茶目なジョークだろ。過剰反応するな」

「き、気づかなかった……もう……全く。浴室からは普通の鏡にしか見えないし…… なぜ、あ、あんな……」

「言っただろ。ここはラブホテルだ」

「か、仮にそうだとしても悪趣味が過ぎるだろう!」

「おまえが怒ってもしかたがないだろ。それよりひとつ勉強になったじゃねーか」

 ケラケラと笑いながらそう言ってやると、ヴィンセントはじっとりとした恨みがましい眼差しでオレを見つめた。

「……君からは私の姿が見えていたのだな」

「ああ、そりゃもう、すっかり」

 おどけてそういうと、ヴィンセントの紅い瞳にじわりと涙が滲んだ。

「あ、あんな無防備な姿を…… は、恥ずかしい」

「別にいいだろ。野郎同士なんだし。おまえだって、オレが風呂に入っているところは見えただろうが」

 ヴィンセントの食い残しをつまみながら、ソファに腰を下ろす。

「き、君は……君は何も恥ずかしがる理由はないではないか……! 容姿だけでなく、体格も理想的で…… 綺麗に筋肉が付いていて……私のように、まったく貧弱などでは……なくて……」

「泣くな」

 オレはそう言いながら、ヴィンセントのまだ微かに湿り気のある髪を、ぐしゃぐしゃと撫でくり回した。

「確かにおまえは細っこいが、見た目が悪いわけじゃないだろ。おまけに、バスルームでもしっかり下半身はガードしてただろうが」

「そ、そんなつもりはなかったが…… それはただのクセで……」

 伏し目がちにつぶやくヴィンセント。

 だいたいヴィンセントとは寝たことすらあるのだ。今さら身体を見られて恥ずかしいという感覚がよくわからない。

 まぁ、コンプレックスが強いのは理解できるが。

「おい、それより、メシはちゃんと食ったのか? ずいぶん中途半端なところで終わってんじゃねーか」

「た、食べた……」

「身体がコンプレックスなら、最低食事だけはきちんと摂るんだな。メシも食わないで劣等感がどうのというのは滑稽だぞ」

 ヴィンセントはしばらくそのままの姿勢でいたが、ようやく顔のタオルを外して食いかけのサラダを再び口に入れた。

 ……菜っ葉よりも、肉類を食えといいたいところなのだが、コイツなりの努力に難癖をつけるのははばかられた。

 夜の闇が色濃くなってゆく。

 ヤツが小さなあくびをしたのを区切りに、今夜はもう横になるように勧めた。