近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<26>
 
 セフィロス
 

 


 

「……貴様は……?」

 ヤズーがつぶやいた。焦点の定まらぬ瞳でオレを見る。

「……どうして……『私』が目の前にいる? ここは……?」

 怪訝そうな面持ちになった、ヤツの肩に手を掛ける。

 きっと、ヴィンセントあたりなら、こいつの手を握り込んで、『私を覚えていないか?』だの『ヤズー、しっかりしたまえ』などと、やさしい言葉をかけるだろう。

 だが、オレ様はそんなまどろっこしいことはしない。

 ましてや目の前にいるのは、肉体はイロケムシ、中身は昔の情けないオレ自身となれば、遠慮はいらないだろう。

 未だ呆けたままの野郎の顔面を、力任せに張り飛ばした。

 一応、平手であるのは、限りなくオレ様の譲歩である。

 

 バシーン!

 

 と、小気味のいい音が亜空間に響き渡り、イロケムシが吹っ飛んだ。

 利き腕じゃないほうの手を使ったが、ジンジンとしびれやがる。

「さっさと目ェ覚ませ! このボケナスがッ!」

 叩き付けるように叫んだ。

 ヤツはしたたかに壁に背を打ち付けたらしく、低く呻いて額を押さえた。

「〜〜〜〜〜〜〜……ッ」

「拳じゃないのを有り難く思いやがれ」

 ケッと悪態を吐き、思い切り上から目線で言ってやった。

「クッ…… やれやれ、相変わらず乱暴だなぁ……」

「ようやく正気に戻りやがったのか?」

 下を向けたままの顔から、いつもの聞き慣れた物言いが聞こえた。

「正気かって……もともと俺はちゃんと意識を保っていたよ。ただ、『過去のあなた』はかなり強引でさァ…… 遠慮会釈なくこの身体に侵攻してきてくれてねェ」

 低くつぶやき、やれやれと両手を広げ頭を振った。

 見慣れた気障な仕草だ。

「ハァ、疲れた……なんだかひどく長い旅をしてきた気分だよ」

「…………」

「……昔……ずいぶんとしんどい思いをしてきたんだね、セフィロス」

「うるせェ。思念体の分際で、偉そうな口をきくな」

 と、吐き捨てた。

 もちろん、その程度で凹むイロケムシではない。

「俺が心配して言っているのわかってんでしょ? こんな世界でくらい素直になればいいのにさ」

「ケッ…… ずいぶんと根っこの部分にこびりついてるもんなんだな。もうとっくに忘れた過去だと思っていた」

「それだけ、あなたにとって、深く重い傷だったんだよ」

『よけいな世話だ!』と言ってやろうかと思ったが、さすがに大人げない気がして口を噤んだ。

 

 

 

 

 

 

「……目はどうだ?」

 今度はこちらから言葉を掛けた。

「うん、治ってるよ。もうちゃんと見える……ってか、気づいてるんでしょ、セフィロス」

「まぁな。やはりオレが元凶か」

「そう、元凶」

 あっさりと頷くヤズーに、チッと悪態をついた。

「……あなたが自分の生命力や身体能力に不安を抱くと、俺が一番、影響を受けるみたい。この間の白雪姫の一件以来、どうも様子が変だったものね」

 図星だ。

 あの不可思議な世界での出来事は、正直オレを打ちのめした。

 判断能力、身体能力……どれひとつとして右に出る者はいない神羅の英雄。

 口に出さずとも、それは矜恃であったのだ。

「人として、一度は死を経験しているあなただからこそ、リユニオン後は、肉体の劣化を恐れていたのでしょう。疑念が湧けば、さらに不安が増す……悪循環だね」

「カダージュのガキが、最も通じていると思ったが……」

「フフ、兄さんと初めて逢った当時……受肉したときはそうだったかもね。でも、今は俺が三兄弟の誰より、思念体としての資質を引き摺っているみたい」

 苦笑しつつ、ヤツはそういったが、今は三人ともそれぞれ別の個体として存在している。ヤズーとて同様だ。

 そして、ヴィンセントとクラウドとともに、コスタ・デル・ソルで生活するようになってからは、さらに各々の個性が顕著に見られた。

「フン、よくよく考えてみれば意外な話だな。貴様はやつらの中で、一番、オレへの当たりがキツイくせに」

「おや、そう? あなたは父親とも目している大切な人だよ?」

「気色悪ぃ。言いたいことはそれだけか? だったらもう『戻るぞ』」

 当然、表の世界にだ。ヴィンセントだけではなく、タークス、そして医者どももガン首揃えていやがるだろう。

「おまえの取り柄はツラと愛想の良さくらいなもんだろ。あっちじゃ、皆、心配して待ってる。ヴィンセントなんざ、今にも卒倒しそうな有様だと思うぜ」

 そういうと、ヤツはそれこそ艶やかに、ウフフと笑った。

「そうだね、早く安心させてあげないとねェ。……ところでさァ、セフィロス」

 上目がちにオレを見上げ、口角を持ち上げる。さきほどとは異なる淫靡な笑みだ。

「元に戻ったら、俺、なんて説明すればいい? あなたが心弱りしていたせいで、それが俺の肉体に悪影響を与えていたって言っていいの?」

「む……」

 まさしく悪魔の微笑み。

 さすがのオレも一瞬返答に詰まる。

 『心弱り』などという言葉を使われるのは不快だ。

 しかし、認めたくはないが……オレがおのれの肉体に不安を抱いたこと……それは事実なのだ。

「あぁ、別にかまわないかな。むしろ、言ってやった方がいいくらいかも。ヴィンセントが今まで以上に、あなたを想ってくれるよ?」

「このクソイロケムシが! テメェは本当に最低だなッ! いいか、表に戻ったら、適当に取り繕え! オレのことについては、一切口に出すな!」

 ふたたびぶん殴りたくなる衝動にかられるが、こいつの機嫌を損ねるわけにはいかない。

「ごまかせってこと? 面倒くさいなぁ」

「調子に乗るなよ! オレ様が本気になれば、貴様ごとき……」

「ハイハイ、わかったよ。ま、ご主人サマ自ら迎えに来てくれたわけだし、ヴィンセントにこれ以上、心配掛けるのは俺も本意じゃないから」

 悪びれることもなく、イロケムシは艶然と微笑ってそう言った。

 ったく、根性のひん曲がった、悪魔野郎が!!