近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<22>
 
 レノ
 

 


「なぜッ!? どういうことなのですッ? 検査には何の危険もないという話だったではありませんかッ?」

  ヴィンセントさんが泣きそうな顔で、医師に迫っている。

 いや、もうほとんど泣いているようなモンだ。ワイン色の瞳に涙がたまり、揺らめいている。

 オレも何とかフォローの言葉を探すが、さきほどから事態が好転していないのだ。

「……おい、落ち着け、ヴィンセント」

 こちらはすでに、脳波測定も終え、一段落付いたといった様子のセフィロスだ。

 服も平服に着替え、病院に似つかわしいとは言い難い格好になっている。

「だが……だが、もう予定の時刻を二時間以上も過ぎているのだぞ? 君は自然に目覚めたが、ヤズーはずっと眠ったままだ!」

「気持ちはわかるが、おまえが泣き喚いても何も変わりゃしねーだろ」

「相変わらず、無神経な男だぞ、と」

 言葉を選ばないセフィロスに、ため息混じりにそう言ってやる。

「うっせーな、赤毛。だいたいこいつは、朝からそわそわと鬱陶しい。その上、メシも食わずにこんな状態でいたら、いつ倒れるかもしれんだろうが」

「ヘェヘェ、おやさしいことで」

「バカヤロウ! 足手まといになるのが迷惑なだけだ。クラウドのクソガキもうるさいだろ!」

 茶化したオレの後頭部を、セフィロスは間髪入れずにゴッと殴った。相変わらず乱暴な男だ。

「わ、私のことなど…… それよりもヤズーだ。今朝はいつもと全く変わらない様子だったのに…… 医師ッ!」

 さらに詰め寄られて、老齢にさしかかっている医者は、汗を拭いながら説明を繰り返す。

「いえ……ですから、何度も申し上げているように……我々にも、わからないのです。処方した睡眠薬は適量でしたし、こうしてS−015殿は目を覚ましているのですから」

「……ヤズー……私のせいだ。私が一刻も早く検査をすべきだと、無理やり……」

「あのなぁ。誰もおまえのせいだなんて言っちゃいないだろーが!」

「いや、アンタ、そいつはちょっと……」

 ヴィンセントさんの自虐的なセリフに、オレとセフィロスの言葉が重なって、元同僚の俺たちは顔を見合わせた。

 ゴホン!と咳払いをし、オレは言葉を続けた。

「いや、ヴィンセントさん。検査をするって提案は、間違ってないっしょ。何もわからないままだったら、あいつの視力だって戻っていないぞ、と」

「レノ……だが…… もし、万一、ヤズーがこのまま目を覚まさなかったら? 本来ならもうとっくに……」

「試しにぶん殴ってみるか」

 物騒でえげつない提案をするのはセフィロスである。

「さきほど、医師が彼の身体に、ショックを与えた。だが……それでも目を開けてくれないのだ」

「ショックを与えたって、音を聞かせて、腕に触れただけだろ。力まかせにぶん殴れば、目ェ覚ますんじゃねーのか?」

「セフィロス!」

 ヴィンセントさんが叱りつける。

 ある意味、この人はすごい人だ。セフィロスを叱れる人物など、オレの周りにはいやしない。

「先生! なんとか方法はないのですか!? もう……三時間になります。どう考えても覚醒しないのはおかしいでしょう?」

「ええ……その……確かに。これは想定外のことであって……」

 ヴィンセントさんと目を合わせるのが苦しいのだろう。医者はヒゲをいじったり、カルテに目を走らせるだけで、まともな返事をしてくれないのだ。

 

 

 

 

 

 

「お待ちください、医師長」

 だが、その年配の医師に、口を挟んだ者が居た。

 オレは見たことのない人物だ。人の良さそうな顔をしているが、ずいぶんと若い。

「……君は……ああ、コスタ・デル・ソルの診療所の。すまんが、田舎の眼科医である君の出る幕はないよ。ここはミッドガルの神羅総合研究病院だ」

「い、いえ、ですが、あ、あの……亡くなった父は、研究病院の医師でした。私も眼科医以外にも、いくつか資格を有しております」

 彼は必死に食い下がった。

 ……この検査に立ち合う人物は、事前に決められているはずだ。関係者以外には通達さえされず、この場所からは遠ざけられているというのに。

「だからなんだというのだね? 今は非常事態だ。君と話をしている暇はないのだよ」

 白ヒゲじいさん……もとい医師長は、ひどく素っ気なく言い捨てた。

「おおい、ちょっと待ってくれよ、と。アンタ、この場所に来たってことァ、誰かから今日の検査のことを聞いたんだよな? こいつは秘密事項と関係者には厳命されているはずだからな」

 どうにも医師長じじいの物言いが気に入らなくて、オレは彼をかばうように物申した。

「……ハ、ハイ、あ、あの……ルーファウス神羅社長に」

「社長に?」

 こいつはちょっと驚きだった。社長に直接進言して、ここに来たというのだ。ヴィンセントさんも、腰の低い闖入者相手に戸惑った様子だ。

「あ、あの……コスタ・デル・ソルの…… もしかして、ヤズーが最初に伺った……」

「はい。ヴィンセント・ヴァレンタインさんですね。存じ上げております。私はコスタ・デル・ソルのセントラル病院の医師です。ヤズーさんに、紹介状をお渡ししたのは私です」

「ああ、そうでしたか。ウチの者が大変お世話に……」

 などとおじきまでしてしまう彼には、セフィロスのいうように『おまえは主婦か』と突っ込みたくなってしまう。

「しかし、ルーファウス社長に直接だなどと、身の程をわきまえたまえ、君」

「待ってください。ルーファウス社長が直接会って、この場所を教えたというのなら、彼に居てもらうのに不都合があるでしょうか? それに、ヤズーは『とても親切な先生』って申しておりました」

 ヴィンセントさんの力強い発言で、さすがの嫌みジジイも分が悪くなる。

 だいたい今は、新参の医者がどうのこうのという話よりも、眠りから覚めないヤズーのほうが遥かに問題なのである。

 だが、わざわざ、ルーファウス社長に検査への同席を願い、また厳戒態勢のこの場に、参加することを許されたこの人物とは……?

 妙に澄んだ目をした年若い医師を、オレはじっと見つめた。